『パラークシの記憶』

パラークシの記憶 (河出文庫)

 前作『ハローサマー・グッドバイ』からだいぶ先、登場人物が一新されているものの設定的に繋がりのある続編とのこと。前作の内容をおぼろげにしか覚えてなかった私でも問題なく読めたので、細部を覚えている必要はないと思うのですが、前作ラストの大オチを割る内容ではあるので、一応注意は必要かもしれません。

 基本的に地球によく似ているけど自然現象や生態系など細部が異なる惑星に住む、基本的に地球人によく似ているけど記憶の継承方法や倫理基盤などに差異があるヒトを主人公にしたお話。SF成分やサスペンス成分などがありますが、前作と同様なによりもザ・青春小説。それなりに頭が良くて周りを見下しがちな身分の高い少年が、気立てが良く聡明な身分の高い美少女と一目惚れで恋に落ちて大冒険する話。みたいな紹介の仕方をするとなんだそのアレはとなりそうですが、実際読んでみるとこういう主人公の造型がしゃらくさい青春小説としてものすごくハマっています。

 書き割りの悪人、というのがあまり出てこない代わり、愚かな人物についてはその愚かしさが容赦なく掘り下げて描かれます。悪い人にも良い面があるというアプローチではなく、彼はこれこれこういう経緯で現在こんな有様になっており実際愚かなのだ、と容赦なく書き示す感じ。人の愚かさには理由がある、という風に見ることもできますが、だからといって別に救いはありません。愚か者の中にも、苦境などをきっかけに聡明さを手に入れる人もいれば、最後まで愚かなままの人もいて、そこが余計に突き放した感じもあるのですが、これはこういうものとして何か嫌いではありません。

 地球人とは違う種族とされている本作の「人々」ですが、異星に住んで牧歌的な文明を営んでいること以外ほとんど地球人との変わりはなく、平和的で保守的に見える性格もだいたい環境要因だったというような話も出てきます。ただし、文化の伝承形態や一部の本能的本能的性質にわずかながら明確な差異が設定されているせいで、そのちょっと違う部分がかえって浮き彫りになってくるのが面白いです。

「本能に従うのは自然で正しいことである」式の自然主義の誤謬(通俗用法)はうんざりですし、デザインされた本能に従って自分の行動が決められているなんて言われたら反発心だって起こります。ただ、自然であることが正しさの根拠にならないように、自然に逆らうことも別に正しさの根拠にはならなりません。あらかじめ設定された本能をとりあえず一度そういうものとして受け入れてから自分の出方を決めるのは勿論、一連の大きな営みの中の一部を担うものとしていっそ誇りを持つという在り方が、本作では特に否定されていません。現実社会の保守的な倫理と接続するとだいぶ危うい話ではあるのですが、空想的な思考実験としてはこういうのも一周回って面白いのかなと思いました。

『芥花』 - 拷問RPGで推理ゲームな七人の少女と悪魔の感情と記憶

 突然辺獄に召喚されて「このままでは1年以内に死ぬ」と告げられ七人の少女(致死者)たちが、「死因の記憶」を現世に持ち帰って死を回避するため、契約した悪魔の力を行使して参加者どうしで拷問しあう"ゲーム"に身を投じていく……という、紹介だけ聞くとえらく陰惨なRPG。ただ「釘」とか「串刺し刑」とかスキル名こそおどろおどろしいものの、実際直接的なグロテスク描写が連発されるわけではなく、戦いの目的もあくまで「相手の意思を折ること」なので、さほど猟奇的という印象は受けませんでした。

 悪魔や辺獄の住人は基本的に賑やかだったりトンチキだったりして、悪しき者ではあるのですがどこか憎めません。話の本筋もそれぞれの少女たちの抱える「心の秘密」に焦点を当てるもので、「人の心を覗き見る」というある種の悪趣味なテーマを前面に押しながらも、全体的にはむしろ繊細な物語でした。少女と悪魔はゲームのためにそれぞれペアを組むんですが、比較的現実寄りの性格、デザインの少女たちと、派手な衣装で外連味たっぷりの挙動をする悪魔たちの組み合わせが面白いです。少女たちは同じ学校の同級生なので、生前からいくらかの因縁もあり、感情のやりとりがあります。いいですね、感情。

 拷問バトル部分は、RPGとしてかなりしっかり調整されている印象でした。レベル概念はなく、雑魚戦は回避可能なので、基本的にはボス戦に焦点の当てられた戦闘。高難易度のボスに初期状態で勝利するのはかなりの難易度で、ピーキーな戦い方が要求されます。ただし周回前提で複数のクリアルートが用意されていて、習得スキルやアイテムなどは周回を持ち越せるので、最終的にうまいバランスに落ち着いていると思います。戦術を大別すると「傾向」(テンション的なパラメータ)を上げて短期決戦でいくか、「傾向」を下げて長期戦で構えるかなのですが、ボスはそれぞれ発動条件の異なる即死攻撃を持っていて、相手によっては序盤を温存して終盤一気に畳みかける必要があったりするので、一戦ごとに結構頭を使いました。

 だらだら戦っていると消費アイテムがどんどん消えていくし、この消費アイテムもまた「何回か雑魚戦すれば回収できる程度の値段」「一周で何個も手に入らない程度に貴重」など絶妙なところに設定されていて、「もったいない」というジレンマとの戦いでもありました。いちばん苦戦したのはスラバーナ戦でしたかね……(別の勝ち方もあったみたいだけど正面から倒してしまった)。

 拷問バトルの本来の目的は「拷問で相手の意思を折る」ことですが(これで各キャラにまつわるエピソードが解禁される)、相手のライフをゼロにしてミもフタもなく殺害する「拷問失敗」は極めて簡単に達成できるため、とにかくストーリーを進めると割り切れば戦闘そのものに勝利するのは容易という作りになっています(手間を惜しんでなにか大切な人間性が失われていく気持ちを体感できます)。イベントシーンのスキップやショートカットなども豊富で、周回プレイ前提にものすごく親切な設計がされているのが嬉しかったです。

 極めつけは公式サイトにネタバレ攻略ページが用意されていて、各ルートのクリア条件から隠しスキルまで攻略wikiがいらないくらい全ての情報が網羅されていること。戦闘はだいたい自力で解きましたが、終盤細かい要素をコンプしていく流れになったときは大変お世話になりました。

 あとユニークだったのが、RPG戦闘一切なしで本格的な推理ゲームが展開する「ビョウドウ編」。これが本当によくできていて、「悪魔や異形が跳梁跋扈するファンタジー世界でいかに推理ゲームを成立させるか」をかなり丁寧にやっています。公式ツイートではっきり明言されていますが、まあつまりそういう趣向。「赤字」など知ってる人が見れば「おっ」と思える要素を織り交ぜつつ、RPGツクールの制約を逆に利用した情報整理モードが用意されてたりして面白いです。(「推理空間」が登場したときはものすごくワクワクしました)。

 推理って何もお膳立てがない状態だと自由思考の遊びになるので、プレイヤーは「作者側の想定していない別解」をいくらでも思いついてしまうし、それが物語中で提示された真相と食い違うと不満が湧いたり消化不良になってしまいます。だからこういう推理ゲームでは、プレイヤーの想定できる可能性の範囲が的確に制限されるよう誘導した上でちゃんと推理もしてもらい、「自力で解いた」経験を味わえる作りにすることがとても重要だと思うのですが、本作はここが非常にしっかりしていました。

「悪魔の能力でできること」をはっきり提示して脱線の隙間を丁寧に埋めつつ、真相に近いところでわざと口を濁して「例外」が通る隙間を空ける。解決に必要な手掛かりははっきり提示し、「ここにある情報の組み合わせで仮説を組み立ててね」と匂わせる。事件の真相を自由記述で回答するシステムはこういうゲームには不可能なので、最終的には犯人当てというシンプルな回答方法になってはいますが、全部の真相までは言い当てられず犯人だけ当ててクリアルートに入ったところ、「そういえばあの情報だけ使ってなかったな」と引っかかっていたところが真相の最後のピースにハマったので、プレイ後の納得感はかなりのものでした。

 だいたい15時間弱ほどプレイして、一通りのルートは見られたと思います。もう少し彼女らと関わっていたい気もしましたが、主人公芥花の物語としては十分描かれていたと思うし、全キャラとの個別ルートを用意するようなタイプの話ではない気もするので、このくらいの突き放し方がちょうどよいのかもしれません(作中でも仄めかされているように、プレイヤーだからって何でも見たがるのはある種の強欲な悪趣味かもしれませんし)。それぞれの致死者・悪魔ペアの話とか、ゲームマスターであるルイゼットの話はまた見てみたい気持ちがありますが、そこはまた別の機会に期待、なのかもしれません。

アリュージョニスト関係記事まとめ

 沼にハマったファンが目玉グルグルさせて謎のミームを発しまくっていることでお馴染み(お馴染みではない)のオカルトパンクWeb小説『幻想再帰のアリュージョニスト』がめっちゃ好きすぎてことあるごとにアリュージョニストの話してたらずいぶん記事が増えてしまったので紹介用も兼ねてめぼしい関連記事を一覧してみました。本編読み尽くしてしまったから誰かのアリュージョニスト感想が読みたい! という方やアリュージョニストって何? っていう方の参考になれば幸いです。それにしても私ほんといつもアリュージョニストの話してますね……(アリュージョニスト読んでくれ頼む)。

比較的紹介っぽいもの

アナログゲーム会しました

 首都圏某所で、アリュージョニスト読者繋がりでお呼びしたM氏、A氏に加えお餅氏と下僕の4名でアナログゲーム会をしました(私は下僕を電波で操って指示を出す人)。A氏がかなりこなれた感じでインストなどやってくださったので、スムーズに進行してありがたかったです。折角なので感想など書きます。

Skull& Roses

 A氏が持ってきてくださったシンプルなチキンゲーム。ギャングが地域のヘッドを決めるために度胸勝負するとかそういう感じのフレーバーらしく、伸るか反るかの熱い勝負が楽しめました。1度目はお餅氏、2度目は一騎打ちまで持っていけたのですが、読み合いに負けてM氏が勝利。

 臆病者の感覚的としては勝率1/2以下だとなかなか勝負を仕掛けにくいというのがあるのですが、よくよく考えると4人のうち1人しか勝者にはなれない仕組みなので、勝率25%くらいを基準に仕掛けていかないと理屈の上でもジリ貧で負けていくだけなんですよね……。

BABEL


 先日のゲームマーケットで入手した、厚紙を組み合わせて塔を建てていくゲーム。基本的に協力プレイで、バランスを崩さないよう8段目まで建てきることができれば建設者の勝利。ただしプレイヤーの中には狂信者が混じっていて、わざとバランスを崩して塔の崩壊を狙ってきたり勝利条件を9段に引き上げてくるなどの仕掛けがあり、シンプルなルールに刺激を与えています。

 7段目くらいまでは順調に建設できたのですが、最後の最後でお餅氏が狂信者を宣言、8段目の壁の一側面を破壊して絶体絶命のピンチに陥ったのですが、A氏が落雷の特殊カードを発動、不安定になっていた8段目自体を更地にリセットして無事完成までこぎ着けることができました。ルール的には軽いゲームだと思うのですが、バランスを崩して塔を崩壊させてしまうと自分だけでなく味方全員の敗北になってしまうので、かなり心臓に悪かったです……。

闇のゲーム ワンダーワールズ


 ぜひ遊びたいと思っていたアンディーメンテ製ゲーム。こちらも先日のゲームマーケット頒布物です。「テストプレーをしていない闇のゲームです」「もし遊べたら"闇のゲーム遊べたよ"と報告してください」みたいなことを言っているとんでもないゲームで、普通ならブラフだと思うのですが、まあアンディーメンテなので本当にテストしてないんでしょうね……。それでも細かいバランスはともかく、それなりに遊べる作りになっていたからすごい。

 土地ごとに収穫できる資源をジョブごとの合成能力で食料やアイテムに変換し、なんとか餓死から逃れながら勝利点アイテムを稼いでいくゲームなのですが、選んだ土地やジョブでできることが完全にバラバラな上、交易でよそから資源をもらわないと自分の固有能力も満足に行使できないので、物々交換でどんどん経済を回してく必要のある交易ゲームです。

 バランスはかなりシビアで、常に餓死の恐怖を感じながらわずかな余力でなんとかアイテムを合成し、勝利点アイテムを1つ2つ作っていくという感じ。食料は常に不足していて、自給自足が可能な農家にかなりアドバンテージがあるという印象でした。私は1プレイ目はお金を生み出せる「王様」を選択したのですが、食料が足りず農民(お餅氏)にへえこらしてるうちにお金を抱えて餓死。2プレイ目は海の農家を選択しましたが、まわりに魚を売りさばきながら柔軟に好きな合成素材を手に入れていくという感じで、かなり余裕を持って勝利することができました。

 実質テストプレイということで、以下軽くそれっぽいことも

  • 交易に悩んでいるとすぐに時間が経過するので、ルールにある時間制限30分だとようやく資源が立ち上がって経済が回り始めるくらいまでしか進みませんでした。時間制限を廃し、全員が餓死するまでプレイ、生前に生み出せた勝利点アイテムで勝者を決めるというメチャクチャ殺伐としたゲームになりましたね。これで1プレイは90分ほど。
  • 農民が食料を売り渋ってその後の人間関係を放棄すれば周りがバタバタ餓死して早期に決着がつきそう
  • 交易がかなり重要なゲームなんですが、交易した場合は他のプレイヤーの行動回数が減って、この手損がかなり大きく感じました。2ゲーム目では交易時は他のプレイヤーは生産できるというローカルルールを採用しました。
  • 1人が餓死すると全員の手番が1個ずつ減るので、生産や合成の機会が減って他のプレイヤーも連鎖的にバタバタ餓死します。誰かが死ぬと経済回らなくなって結局誰も生き残れないというのは面白いですね。
  • 農民最強。

『世界滅亡』

 M氏が持ってきてくれた、フレーバーを見てるだけでとても楽しくなれるゲーム。天変地異や核爆弾でいち早く世界を滅ぼした人の勝利です。

 手札バースト即敗北なんですが、自分が手札4枚持ってるときに全員2ドローカードを出されて自分の手番でもう1枚ドローして即死とか頻発したので、なかなか緊張感もありました。1ゲームが非常にスピーディーなので、理不尽に即死しても悪い気持ちにはならないのがいいですね。シンプルかつ大味、ゲーム展開も劇的かつ短時間で繰り返しプレイできるので、悪いインターネットの人たちが集まってワイワイやるにはピッタリのゲームですね。

シュレディンガーの宴』


 はてなダイアリーなどで昔から相互認識のある水池亘さんのゲーム。白か黒の点数カードを出していって得点を競うタイプのゲームなのですが、自分が白と黒どちらの陣営に属するのか最初は分からず、カードに書かれたパーセンテージの増減で可能性が変動していくというアイデアが非常にユニーク。黒陣営の得点が増えるけど白陣営の可能性が高まるカードなどが結構含まれていて悩ましいです。可愛いらしいデザインですが、各プレイヤーの白黒のスコアと白黒所属パーセンテージを把握しながら平行思考でスコアと確率を操作していく必要があるので、かなり脳を使わされるゲームでした……。

ゆらぎの神話同人誌BOOTH通販のお知らせ

 もうかれこれ十年、与太話を繋ぎ合わせて神話を作る遊びをやっているのですが、昨年文学フリマで頒布したこの「ゆらぎの神話」同人誌のBOOTH通販をはじめました。遠方で入手できなかった方など、この機会にご利用くださいませ。主に下僕がせっせこ梱包してお届けいたします。

長期休暇を機会に腰を据えて脳をやられたい人にオススメのネット作品3つ

 前々から興味はあるけど、手をつけるタイミングが見つからなくて先伸ばしになってしまう作品ってありますよね。大作だったり、脳を使いそうだったり、沼からの圧の高まりを感じる作品だったりするとなおさらです。

 もしそれがネットからアクセスできる作品なら、思い立ったときに勢いで手をつけちゃうのが一番なのですが、もっと心身の余裕があるときに腰を据えて取り組みたいと思うのも人情。ということは必然、長めの連休などがその候補日に挙がってくるわけですが、言ってる間にGWも後半に入ってしまいました。そもそもGWに当てたこういう文章自体GW直前くらいにアップしとくべきものなのに今さら堂々とアップするのはどうなのよという気持ちが沸々と湧き上がってきましたが、そこはやっていく気持ちを強く持つとして、ともかくそういう作品に心当たりのある方は今すぐ件の作品の元に飛びましょう。

 たとえGW中に終わらなくたって、取っ掛かりに手をつけて感触が良ければそのまま自然なペースで最後まで行けるかもしれません。タスクを後回しにしてしまいがちな人はどうせ万全の状態で何かを始めるなんて難しいですから、こういうのは早いほうがいいんです(雑な一般化)。

 逆に、せっかくの連休なのにこのあと微妙に手持ち無沙汰になりそうで勿体ないな、折角の連休だしちょっと重ための作品に挑戦したいな、という気分の人もいるかもしれません。そんな人にオススメの腰を据えて楽しめるネット作品を、有名すぎないところで漫画、小説、ゲームひとつずつ挙げてみました。勿体つけてもあれなのでタイトルだけ先に言うと、『胎界主』『幻想再帰のアリュージョニスト』『メイジの転生録』です。なんかいつのもラインナップですが、まあここはそういう日記なので……。

尾籠憲一『胎界主』


胎界主

 本作は2005年から12年間、地道に連載が続けられていて、記憶にある限りごく一部の休止期間と変則期間を除いてずっと3日に1回の更新ペースが保たれていたのですが、先日ついにその第2部が完結、第3部へ向けた準備期間に突入しました。商業誌としての単行本化などされない完全な趣味としての創作を3日に1回3ページ、しかもオールカラーで描き込みながら10年以上続けるというのは凄まじい執念で、なんかもうこの時点で圧倒されるのですが、もっと凄いのが作品の中身です。

 1部が現代伝奇、2部が異世界ファンタジーという構成の作品ですが、その世界はかなり独特です。本作の地球の各地域は邪悪な悪魔や地方ヤクザに牛耳られているんですが、何か新しいものを創作したり世界の真実を見据える「たましいの力」はごく一部の者しか有しておらず、そんな「ほんとう」の力を持つ人間が作中用語で「胎界主」と呼ばれています。

 世界を暗躍する悪魔やヤクザや古の神々やゾンビそのほかややこしい連中の陰謀に翻弄されつつ、自らの「たましい」が目指す真実を手に入れるため戦う「胎界主」たち、および真実の意志や創造性を持たず胎界主になれないその他の有象無象(彼らは「胎界ブツ」と蔑称されます)の織りなす群像活劇を描いた漫画ということになるのですが、この「胎界主」が結構ろくでもない連中揃いでして、世界中で子供を作りまくって真実への可能性を託しては「こいつは失敗だった」って皆殺しにして回ってる色男とか毎日数人ずつ孕ませて半世紀で5万人の子供を作った九州ヤクザの当主とかがガンギマリの信念を掲げてぶつかり合うわけです。メチャクチャ面白い。

 こことか、生命の尊さをこんこんと説いて「傷つけたり殺したりする権利が誰にあると思う?」と聞いた後に「だが俺にはある」って完全に目の据わった真顔で断言する流れ、最高。

 で、そんな中、主人公の凡蔵稀男は「何も信じない」というところにポジショニングした珍しい胎界主で、彼の周りに配された脇役をはじめとする「胎界ブツ」たちにも広く焦点が当てられているんですね。

 信念を持つ、創造力のある、真実サイドにいる「胎界主」を単に肯定する物語にはなっていない、というのは本作の大事なところで、ただし作中の設定として「胎界主」と「胎界ブツ」の間に明確な隔たりもある、というところで、真実の力を持たない我々モブはどう生きればいいのか、そして何も信じない主人公稀男の選択は、といったところで一人一人のキャラクターの行く末にハラハラドキドキしたり、一周回ってゲラゲラ笑わされたり、身につまされたりする作品です。

 物語や世界の背景がすごく深いところまで作り込まれた(少なくともそのように見える)作品で、珍妙な描写だなと思ったら数年後の展開の伏線になってたり、わずかな引っかかりを覚えつつも読み飛ばしていた数々の台詞があるとき一貫した意味を持って効いてきたりします。あまりにも想定外のところから伏線が飛んできて、感動を越えて変な笑いが漏れてきたり。具体的にどこがどう伏線になっているというわけでもないのに、何度も読み返すことで世界の「文脈」や「考え方」そのものが頭に染みてくる瞬間というのが本当にあって、今までわけの分からなかったシーンの意味があるときスッと頭に入ってきたときは感動を覚えました。本当に、胎界主という「世界」そのものを読み解いている感じなのです。

 1部の序盤はものすごくとっかかりづらいので、最初は何回か読むのを挫折した、とは多くの人が言っています。ただ、そういう人でも、何度か挑戦しているうちにある時急に読めるようになって、そこからハマって一気読みした、という人が結構いるようです。あるいは、漫画としての可読性が高く話としても区切りのいいところから始まる2部から読んでみて、後から戻って1部を読んだという人も多いようです。どちらが良いかは分かりませんが、最終的に読んで楽しめるのが一番だと思うので、自分に合った読み方を選ぶといいんじゃないでしょうか。

 ちょうど1部が終わったタイミングで一度紹介を書いたことがあるんですが、あれからもう8年も立っているんですね……。

最近『幻想再帰のアリュージョニスト』

 うちはアリュージョニストのファンサイトなので、小説枠はもちろんアリュージョニストになります。同じ人間が同じサイトで同じ作品の紹介を繰り返しても効果は薄いっていうのは分かっているんですが、どうしても不定期にこういうの書きたくなってしまって……。

 アリュージョニストの紹介文はもう何度も書いているので詳細は上記リンク先を読んでもらいたいのですが、いまだにこの作品の面白さをうまく伝えられた気がしません。「アリュージョン」とは外部から引っ張ってきた概念を使って意味や印象をほのめかす「引喩」のことで、この小説はそういうものの集積でできているのですが、それだけだと面白さの説明にはならないし、闇鍋的与太話オカルトパンク神話小説とか早口で言っても読んでない人にはなんのこっちゃですしね……。

 読み進めているうちにどんどんジャンルが変わっていくというか、文脈をどんどん重ねて多層的になっていくのがこの作品の面白みで、そこを一言で説明するのは本当に難しいのです。1章はその後の展開と比較するとかなりオーソドックスで地に足のついた異世界転生もので、主人公が脳にインストールした自動戦闘アプリ「サイバーカラテ道場」が作品の特色となります。2章は高度な呪術社会で無頼漢と魔女が入り乱れるオカルトパンク活劇で、現実の地球の神話や作中世界の神話をごたまぜにしながら読者を徐々に呪術の思考に慣らすとともに、サイバーカラテが道場アプリが機械化や感情操作などの人倫を肯定的に問うていきます。3章では一転して主人公が交代し、八人の少女たちが織りなす言葉と言葉、感情と感情のやりとりが尊くなるとともに、人間と人間でないとされる者の境界が言葉のまじないによって取り払われていき、そこにまたサイバーカラテが絡みます。4章からは応用編で、ここまでゆっくり読者の脳に刷り込んできた呪術的思考およびサイバーカラテの思想を織り込むことで物語はますます与太を深め、大きなところだけでも演劇編、戦記編、アイドル活動ライブバトル編など様々な文脈が呪術的にごった煮になって重ね合わされていき、その全てが神話として、思想として、サイバーカラテという概念に結びついていきます。

 という説明を私は本当に真顔でちょっと目を潤ませながら書いてるんですが、こういうことを早口でまくし立てても伝わるわけはなく、まあこの通り『幻想再帰のアリュージョニスト』は単一の作品としてはかなり無茶苦茶な要素を内包しています。無茶苦茶なんですが、要素や場面場面の出来事として無茶苦茶なことが、物語や感情の大きな流れとしては整合している、というのが本作の凄いところで、しかも各編のクライマックスではその無茶苦茶に広げられた与太話や伏線がどんどん収束していってまとめ上げられ、なんか一貫性のある物語になってしまうのです。メチャクチャ面白い。ちょっと傍から聞くと一発ネタかギャグエピソードとしか思えない要素の組み合わせがどんどん出てくるのに、作中の展開としては完全に筋が通っているから「せやなあ」と納得、感動させられる。でもその納得や感動を人にはなかなか伝えられないので、結果的に熱に浮かされたように興奮して奇異なことを口走る一見不思議なファンを生むことになるのです。読んだまま、感じたままのことしか言ってないのに!

 これ上の胎界主の項でも書いたんですが、あり得ない方から引っ張って来られた伏線がありえないところと結びつくと笑いと感動が同時に来るんですよ。雑多だった描写が綺麗な絵図を描きながらひとつの尊い感情に結実して、あまりのことに脳の処理能力が限界に達してゲラゲラ笑いながら泣いてしまう、そんな経験を私は本当に味わってきました。Twitterとかで観測できるアリュージョニスト沼にハマってる人も、あるいはそんな感じの体験をしてきたのかもしれません。

 アリュージョニストの作品世界は呪術的機序に支配されていて、この世界で言う呪術とは「似ているものは同じものである」「それっぽいものはそれそのものである」的な雑な法則のことなので、つまり雑に言って与太話と非常に相性がいい仕組みになっています。だからアリュージョニストで脳をやられた人は脳が与太に敏感になり、普段から与太話を発するようになってしまう。私の書いている文章もちょっとそろそろ何言ってるのか分からなくなってきたのですが、とにかくアリュージョニストを読んで脳をやられたり思考に影響を受けてしまう人が存在する、ということです。

 客観的に見える数字を見ると、アリュージョニストはなろう小説の上位ランカー作品ではないし、今のところ書籍化もされていないため、まだ決して知名度が高いとは言えない作品です(もし知名度が低いというのを意外に感じたなら、あなたの観測範囲に固定ファンがいるのだと思います)。そういう規模でありながら、根強い固定ファンがおり、既に複数の常連ファンサークルがコミケなどで活動しているというのは、やはり何かある作品ということなのだと思います。

 こういうとき、心の成長とか精神の強さとかを礼賛するタイプの人間は、感覚・感情制御アプリの使用を停止するのだろう。痛みは耐えればいい、恐怖は克服すればいい、という理屈によって。
 それが物理的に可能で、且つそれに対する継続的な訓練をしているのならそういう選択肢もありなのだろう。強靱な精神力の持ち主、強い意志によって未来を切り開いていくような人物ならばそうするのだろう。
 だが、それは弱い人間、折れてしまった人間が戦うということを、最初から度外視した思考だ。
 恐怖を、不安を、苦痛を、耐え難いことを耐えられなかった人間は、心の強い人間に蹂躙されるしかない。彼らは勝利の後こう言い放つのだ。心が弱かったためにお前は負けたのだ、と。
 そういう連中の肉体を破壊して、身体が脆かったためにお前は負けたのだ、と言ってやることが、この俺の最大の楽しみである。

 ところで、これはかなり序盤で記述されている主人公の独白なのですが、彼の精神性、ひいては本作の方向性を端的に表していると思います。言い方はかなり屈折しているものの、ここで表明されているのは心の弱い人間、信念を持てない人間に向けられた人格攻撃への反発です。意志の強さは創造性や真実、善性にも結びつけられ、心の弱い者、模倣、まがいものと対比(((この辺、胎界主の「胎界主」「胎界ブツ」の設定と重なりますが、アリュージョニスト作者の最近さんは胎界主読者なので、あながち偶然というわけでもないのかもしれません。))されます。本作は今のところかなり一貫して後者の側に視点を置いた物語になっていて、弱くてもいい、偽物や他人の模倣でもいい、まがい物を寄せ集めた力で「本物」の連中に一泡吹かせてやれという話になっていて、そこが響く人にはとても響く、と思います。

 別に強い人を否定しているわけではなく、真善美を合わせ持つ「本物」サイドの英雄的な人物もそれはそれとして格好よく描かれていたりするし、そもそも群像劇的な作品なので様々な信念を持った人間が様々なことを言いながら好き勝手するのですが(男根城をおっ立てて男性性を励起する社会呪術を行使して魔女の呪力を零落させる男根主義者とか)、もしそういう人物が弱い者、醜いものを真実の名の下に軽蔑するなら、そういう言葉にまで与しないという感じが作品の大まかな方向性としてあって、こういうところが私がアリュージョニストをとても好ましいと思っている大きな理由のひとつです。

 まあこんな作品なのですが、アリュージョニストも最初がとっつきにくいという声はよく聞きます。ファンの人たちがよく推している「与太」とか、あと「百合」要素の回転数が上がり始めるまでに時間がかかるため、異世界迷宮に転生した主人公の地道な探検がゆっくり丁寧に描写される1章だけを読むと「聞いてたイメージと違うな……」となってしまうことが理由のひとつかもしれません。

 これも好みなんですが、呪術世界の与太やオカルトパンク成分をいち早く摂取したい人は言葉も通じない主人公がサイバーカラテひとつで異世界の無法街に放り出される2章から、「百合」(という表現には語弊があるので私は最近「女同士の感情のやりとりが尊いやつ」とか呼んでるんですが)を嗜む人は主人公が交代して異世界ネイティブの少女たちが主要人物となる3章から読んでいくのもひとつの方法かもしれません。

 最初の2ページの文章量がかなり多いため、シークバーの長さなどにびっくりして帰ってしまう人のこともたまに聞くのですが、3ページ目以降はそれなりのところでページが区切られるようになるので、ずっと1章の調子が続くとは思わなくて大丈夫です……。

 あと、スマホから読んでる人はWeb小説用アプリを導入することで読みやすくなったりするかもしれません。例えば私はiOSラノベルというアプリを使っていますが、縦書きで読めるしルビとかもだいたい綺麗に表示してくれるので、レイアウトが難という方はご参考ください。

unbreaktell『メイジの転生録』

『胎界主』と『幻想再帰のアリュージョニスト』は言葉を尽くして読んでほしさをアピールしましたが、もうこればっかりは見てプレイして感じてもらうしかありません。雰囲気はリンク先を見てもらうのが手っ取り早いと思うのですが……。

―†前世覚醒せよ†―

 はい、こういうのです。RPGツクール製のフリーゲームですね。『メイジの転生録』略してメ転に脳をやられた人は狂いメイジと呼ばれて語彙が謎の先進性を帯び、Twitterなどでその様子を観測できるそうです。

 Twitterフリーゲーム界隈で流行りだしたときは「何事……」と思って、ちょっと最初は文脈を測りかねたんですが、実際にプレイしてみたら凄い、本当に面白い。「宿命ヶ原」「宿命元老院」「猛りのメテオ正義(ジャスティス)」「単車下人」など独特な言語感覚と疾走感迸る荒々しいテキスト、「今の画力」を言い訳にしない大胆で挑戦的な構図、快感をダイレクトに刺激してくる気持ち良い演出、意外なほど丁寧でストレスのないインタフェース、的確に要素を取捨選択しつつ練り込まれたノンフィールドRPG、そしてなにより戦闘の楽しいこと楽しいこと!

 特定戦闘の特定状況下でのみ発生するギミックが細かく仕込まれていて、これに気づいてなんか色々すると専用演出が入って戦闘も有利になるので気持ちいい。ランダムエンカウントが廃止されているためザコ戦の回数がそもそも少ないのもありますが、一回一回のバトルと演出がかなり高度に噛み合っていて、勝つための行動が格好いい演出に繋がり、格好良く勝てればもちろん楽しい。

 格好良いものは格好良いから格好良いしこれが俺の出せる全力の格好良さだ! さあ痺れろ! 的な、表現圧のカタマリ? を、こう……真っ向からぶつけられてクリーンヒット食らったみたいな、とにかく滅多に味わえない経験で、素直な気持ちを表現しようとしても「凄い」「マジヤバい」とかいう言葉しか出てこないです。

 最近触れたもので感覚がいちばん近かったのは多分『HiGH&LOW THE MOVIE』で、あれはなんか潤沢な予算でレベルを上げて俺の信じた格好良さで殴れば人は痺れるって感じで打ちのめされたんですが、この『メイジの転生録』も迷いのない「俺の格好良いと思う格好良さ」で殴りつけてくる作品です。こういう姿勢、見習わないとなあ……と本当に思います。数時間あれば一気にクリアできるくらいのサイズなので、上記2作品と比べると所要時間自体はさほど重くもありません。この週末な濃密なメイジ体験をどうか是非。

 なお、VIPRPGに古来より伝わる容量削減の伝統により、配布されているファイルに実行ファイルが含まれていないため、たぶん多くの人がゲーム起動前の段階でつまづくと思うのですが、こことか参考に頑張ってください。



メイジの百騎録 VS骸舞螺人

 こちらは本編ではなく製作中の続編の戦闘シーンを映した公式動画ですが、戦闘の雰囲気はだいたい掴めると思います。め、メチャクチャ格好良い……。

※夏休みとかにも貼りたいなと思ったのでタイトルのGWを長期休暇に変更しました(2017/8/17修正)

『岳飛伝(三)』

岳飛伝 三 嘶鳴の章 (集英社文庫)

 岳飛伝というタイトルを見たときはどういうことになるんだろうと思いましたけど、いちおう今のところは梁山泊に比重を置いた話が進んでますね。ただ梁山泊の人間が岳家軍など別勢力に片足を突っ込んだり、交流を持ったりもしていて、国のかたちが少しずつ柔らかくなっていく気配が見えます。これが単なる人材の流出なのか、国の枠を越えて広がっていく梁山泊の姿なのかは、続刊を待てという感じでしょうか。

 本人視点だと悩んでばかりの内向的な人物に見えるのに、他人の目から見ると気力が充溢していてただ者ではない、という描写になっている宣凱が面白いです(あのシーンの直前で吹っ切れて気配が変わった、という描写な可能性もありますが)。褚律のことはあんまり印象になかったんですが、ここに来て焦点が当たってきたのを見て、結構味わいのあるキャラだなと再認識しました(「婁中の火」っていうタイトルが師匠の名前の婁敏中からとられてるのが良い)。

 あと名前ありのキャラでここまで小物なのも珍しいという意味で、褚律に半殺しにされてた柴健のことが気になりました。あからさまに小物なやられ役なんだけど、単なる小物が受けるにはあまりにも過大な責め苦を今回負わされてたので、これを切っ掛けに妙な味わいのあるキャラに化ける、ということも北方さんならやりかねない気がします。まあそういう普通に小物らしくあっさり死ぬのかもしれませんが……。

 心に傷を負った方臘兵の生き残りが、いまだに忘れられることなくひょこり出てくるのが、何かいいです。梁山泊の中でも孤立しがちな彼らと話すときの秦容の態度は「相手の言いたいことを根気強くじっくり聞く」というもので、まあ普通といえば普通の話ですが、やたら直感が強くて一を言うだけで十まで心で通じ合うみたいな連中がたくさん出てくる中、コミュニケーションコストの高い人間にしっかり付き合ってくれる人がいると安心できますね。ここで甘蔗の育て方をぼそぼそ話してる場面、地味ですが何か好きなシーンです。