NOVEL

『来訪者』

裏表紙紹介によると、優雅で刺激的な艶笑譚とやら……つまり下ネタ短編集。 刺激的というのはともかく、優雅かというとこれはかなり疑問で、表題作の主人公であるオズワルド氏なんかはたいへん独善的で差別的な御仁です。エジプト王族の愛人を寝取り、追ってに…

「論理性」が理解を拒絶するために発揮される物語 - 恩田陸『ユージニア』

横溝正史的な孤村の因習から滲み出るような"澱み"を、近代的な住宅街という舞台に再構築して表現したような。町の名家で起きた大量毒殺事件という不可解の背後に蠢くなにものかの、薄気味悪さがすごいのです。「オカルト」とか「サイコ」とか、そのようなカ…

『向日葵の咲かない夏』と原爆とか

ヒマワリというなんか爽やかっぽいタイトルに惹かれ、そういう爽やかなお話を期待して購入! 「あなたの目の前に広がる、もうひとつの夏休み」という惹句に嘘偽りはなかったです!(えー) 評価軸を定めづらい作品だなーと。「警察的捜査を誤導する」という現…

当たり前のように臓物だらけ -『臓物大博覧会』

いつも通りの小林さん短編集。タイトルの印象とは反し、「臓物に注目した作品群」というまとまりにはなっていません。いつも通りの小林さんが、特になんの縛りもなく綴った短編の集合と考えた方がしっくりきます。十作中、最初と最後の二作が書き下ろしなだ…

『悲しみよこんにちは』

なんの前情報もなく、本屋さんで手にとって一ページほど読んでみたら思いがけず文体が自分的に新感覚だったという流れで読んでみた作品。んん、興味深い作品でした。 人生における恋愛の在り方を大きなテーマとして扱った少女小説ではありますけれど、本作を…

『火刑法廷』 - うみねこ参考文献

ものすごい今さらなんですが、私が海外の古典ミステリーを読むのってこれが初めてなことに気づきました。海外ミステリー自体、何年も前に『マルヴェッツィ館の殺人』一作を読んだっきり。もう完全にズブの素人レベルです……。 昔はオカルトにある程度の信憑性…

『独白するユニバーサル横メルカトル』

ホラー短編集? と言ってもお風呂場で目を瞑れなくなるような「怖さ」ではなくて、どちらかというと不快とか嫌悪とかそういう感情を喚起する方向性。奇形とか死体とか乞食とか拷問とか汚物とか血反吐とか、なんか感性が物凄くやくざ屋さん。サイコに知的な人…

「強さのインフレ」の制御がトリッキーで面白い、金庸『秘曲 笑傲江湖(四) 天魔 復活す』

またなりゆきで究極の内功法を体得し、遂に長い間悩まされてきた「内力」の問題をクリアした主人公。正確無比な技に加えて強靱な内力も加わり、既に彼の強さは江湖全体で上から何指というところに達していると思うんですけれど、それが彼の状況を好転させて…

『ヘドロ宇宙モデル』

宇宙モデル 小説家・泉和良さんという人の、新しい面を前に押し出してきた一冊。彼を「恋愛小説家」という方向性でのみ認識していた人は、本作に少なからず驚くでしょう。天体、SF、宇宙的孤独、シミュレータ、そういった深淵のイメージが、本書の核になって…

『spica』

『エレGY』が変化球だったのに対して本作の筋書きは常道であり、常道であってもその特徴的なホラ吹き文体は健在、やはり歪な奇妙さを帯びた作品になっていました。 常道と言いましたが、常道であるからこそ作者の精神性が際だってくるという面もあります。主…

『幽式』

雰囲気不条理なホラーベースでやや異能っ気ありの抑えめ青春エンターテインメント主人公常識人かつ多少妄想型スケベ、ヒロインは嘔吐系不思議無口。くらいに言えば本作の表面的な性質は網羅できるでしょうか。イラストがいわゆる"ラノベっぽくない"画風なの…

感情移入"したくない"小説 - 佐藤友哉『水没ピアノ』

『フリッカー式』の主人公の言動は本当に気持ち悪くて、それは「責任転嫁」という一言ではとても言い表せない、表現しがたく類例を見ない見事に歪んだ感覚でした。いまだ端的な言葉では表現しえない、未知の世界の"気持ち悪さ"。私はそういったものを求めて…

"異形"なミステリーがまたひとつ - 古野まほろ『天帝のはしたなき果実』

異形というのはまだ上品な形容で、人によって汚物って言ったりもするかなり酷い作品であるわけですが。 MYSCON10感想、および若者におけるミステリーの現況について。あとうみねこ。 - 魔王14歳の幸福な電波 本作には上記記事でもスペースを取って触れている…

『HEARTBEAT』

1 「10年後に一億円を渡す」という同級生との奇妙な約束、ニューヨークでの地下生活によって失われた数年の空白、等、一人称視点の語り手である主人公自身の「謎」が物語を引っ張るという構図。思わせぶりな謎の牽引力はなかなかですけど、それらの情報はわ…

勝手な「物語」の押し付け合い - 湊かなえ『告白』

1 湊かなえさんのデビュー第一作にして、本屋大賞受賞作。ミステリーとしては、何らかの「謎」を提示してその真相に迫っていくのではなく、何気ない描写の中に伏線を張り巡らせていき、ある時突然新しい構造を立ち上がらせる、というタイプ。手法としては乙…

伏線と描写の区別がない『新しい太陽のウールス』

1 なんで小畑健やねん。 2 『新しい太陽の書』シリーズ、幻の第5巻。80年代に4巻までが訳された時は、続編である本書の訳本出版には至りませんでした。それで長らく未訳になっていた本書が、昨年の前巻新訳によってついに出版。日本では寡訳なジーン・ウルフ…

『残酷号事件the cruel tale of ZANKOKU-GO』

1 もうタイトルだけでお腹いっぱいというか、「残酷号」ですよ「残酷号」。頭のどういうとこ使ったらこういう格好良さとどうしようもなさを合わせ持ったネーミングをひねり出せるのかと。凄い。タイトルだけ見ると「船上ミステリー?」と思わないでもないで…

『秘曲 笑傲江湖(七)鴛鴦の譜』

遂にの読了。後半三冊は続けて一気に読んじゃいました。その部分だけでも千数百ページあったはずなんですけれど、ぜんぜん長いお話を読んだという印象がないのが凄いです。北方水滸伝読んだ時のような感覚。 主人公がかなり早い段階で最強クラスのキャラにな…

『秘曲 笑傲江湖(六)妖人 東方不敗』

遂に東方不敗が登場。この作品世界で最強クラスの使い手が二人半も束になって、それでもとても敵いはしないという異常な強さ。彼は顔見せが終わるとさっさと作品を退場してしまいましたけれど、この人を越える使い手はもう作中現れないのだろうなあと思わさ…

『秘曲 笑傲江湖(五) 少林寺襲撃』 

もうどんだけ盛り上げれば気が済むのかと……。一章進むごとに、主人公の立ち位置がどんどん変化していくダイナミックな面白さがあります。コードギアスの二期もこんな感じだったのかな−とか想像しつつ。成り行きに任せて、一体どこまで行ってしまうのでしょう…

ストイックな地図測量ノベル、『星図詠のリーナ』が良作な話

1 噂のマッピングファンタジー。ライトノベルの新刊を取り上げるなんて凄く久しぶりで、要はそのくらい発売前から興味を持たされていた作品。だって「地図測量」がテーマと聞かされてしまっては、どうしても胸が高鳴ります。話だけ聞くと正統派なのかマニア…

『未来妖怪 異形コレクション』

はじめて読む異形コレクション。今回のテーマは「未来妖怪」。ワードだけ提示するから意味は各自で考えましょう、という類のテーマ設定なので、各々の作家が独自に解釈する「未来妖怪」像が楽しいアンソロジーです。「未来」の解釈、「妖怪」の解釈、どちら…

『円環少女(5) 魔導師たちの迷宮』

まさかここまで追い込むとは。主人公が状況的に追い込まれてているのは、まあ読めば分かります。でもそれ以上に、作者さんはずいぶん厳しいところまで自分を追い込んでしまったなあと思います。だってこのテーマって、"絶対に答が出せない"類の問いなんです…

推理小説でいきなり手品のトリック使うのはアンフェアなのかもしれないなとか -清涼院流水 『彩紋家事件III 彩紋家の一族』

「イエス、アイ・アム」 やかましいわ。 完結編。『コズミック』や『カーニバル』と比べると小規模*1な事件ではありましたけれど、完成度としてはかなりよくまとまった作品だったと思います。終盤の畳みかけるようなカタストロフィ感はけっこうなもので、前…

中巻になっても事件の話を全然しない清涼院流水はやっぱりすごい - 『彩紋家事件II 白と夜』

や……やられた……。この期に及んで、私はまだこの御大を甘くいていたようです……。 ひとつ前の上巻では、ほとんど一冊まるまるを使って手品ショーの出し物ひとつひとつが丁寧に描写されていました。だから本題であるはずの「彩紋家事件」のそっちのけっぷりが凄…

予想通りのひどさがひどい - 清涼院流水『彩紋家事件I 奇術が来りて幕を開く』

ぎゃーひどい! コズミック上巻的ひどさが今ここに! デビュー10年を過ぎた今でも平気でこういうことやってくれる流水さんに、むしろ安心すら覚えます! 三分冊第一巻の本書は、ミステリーとしての事件や謎解きそっちのけで、えんえん手品サーカスのショーの…

『秘曲 笑傲江湖(三) 魔境の美姫』

もう、令孤冲さんがかわいそうでかわいそうで……。 本作の主人公の令孤冲さんは、任侠武林の世界の豪快さを体現したような英雄的キャラクターです。性格は豪放磊落で、強きを挫き弱きを助け、何よりも酒を好みます。恥知らずな生を得るくらいなら躊躇なく討ち…

物語不在な小説の実現例 - アーサー・C・クラーク『宇宙のランデヴー』

SF! もう頭に"THE"をつけてもいいくらいの、まさにSFそのものなご本でした。この作品は正しくまるまる、知的好奇心の塊です。 外宇宙より飛来した巨大な「被創造物」ラーマの謎を探る。本作の概要を説明するなら、本当にそれだけでかたがついてしまいます。…

物語は終わっても世界は終わらない『ブギーポップ・クエスチョン 沈黙ピラミッド』上遠野浩平

忘れた頃に出るブギーポップの新刊を、また出たことも忘れてしまった頃に買ってきて、もちろん買ったこともまたしばらく忘れてしてうわけですから、読むのはこんな時機になってしまうのです*1。面白いのはわかってるからすぐに読むのは勿体ない、という心理…

「終末」なき「終末観」 - 北山猛邦『『クロック城』殺人事件』

単著としては初めて読む物理の北山さん。 物理の北山と言うだけあって、最大の見せ場となるところの物理トリックはさすがという感じ。ただその発想の面白さに対して、読者の感じる意外性を有効に引き出せていない構図になっていたのがちょっと残念です。「あ…