『天を衝く(1)』

天を衝く(1) (講談社文庫)
黒っ!
サブタイトルは「秀吉に喧嘩を売った男 九戸政実」。ここを見ている人とは層がかなり外れてると思うので、ちょっと詳しめに紹介っぽく。

高橋克彦さんは『写楽殺人事件』で江戸川乱歩賞からデビューした人ですけど、本格的なホラーを書いたりUFOや超能力者がどんどん出てくる伝奇SFを書いたりと妙なジャンルをカバーしてます。

そして歴史小説作家としても定評があって、これまでに『炎立つ』『北条時宗』と大河ドラマの原作を二度も手がけていたりします。岩手県生まれの高橋さんは蝦夷を中心とした歴史小説を何作も書いてきていて、本作『天を衝く』は『炎立つ』『火怨』とともに陸奥三部作に数えられるそうです。主人公サイドの武将たちがとにかく熱くて誇り高くて漢らしくて格好いい、というのが高橋さんの歴史作品の特徴でしょうか。

本作の舞台は戦国時代の東北で、南部九戸党の将・九戸政実に焦点が当てられています。でも、直前であんなことを書いておいてあれなんですけど、えっと、高橋さんにしては珍しく登場人物があんまり格好よくありません。というか格好悪いです。

南のほうでは織田信長が台頭してきていると言うのに、主人公のいる南部といったら内乱や身内同士の小競り合いばかりでぜんぜん先のことが見えていません。ただ一人先を見通せている主人公・九戸政実さんはたしかに立派な武将ですけど、そんな周囲の状況に終始苛々して文句を言っています。

炎立つ』や『時宗』で見られた、志を同じくする武士が強い結束の元に一丸となって苦難に立ち向かう、という格好よさがこの一巻からはまだあまり感じられません。九戸政実さんの立てる策も、高橋さんの他の作品の主人公が立てるそれよりもずいぶん黒さが増していて、どちらかというとダークヒーローといった感じです。

もちろんそれでも、先の展開を気にせずにはいられない牽引力のあるストーリーテリングは健在ですから、500ページ近い貢数を一気に読ませてしまうくらいの魅力はありますね。これからも九戸政実は色々な働きをしていくようなので、武将たちの熱さ、格好よさは二巻以降で一気に噴き出すのかもしれません。

ところで、高橋さんの書く伝記SF作品はかなりライトノベル的なところがあって、キャラクターの造型や文体を気にしなければ電撃文庫あたりに置いてあったとしてもぜんぜん違和感がないくらいです。(逆に、ここまで無茶苦茶なのはうちには置けないとか言われそうです) たとえば『都市シリーズ』や『ブギーポップシリーズ』と比べたとしても、お話や設定の非常識さ加減では高橋さんの伝奇SFの代表作である『総門谷』の方が間違いなく上です。

別に非常識なものこそライトノベルだと言う気はぜんぜんありませんけど、高橋さんの伝奇の飛び具合はある意味ドクロちゃんに匹敵するんじゃないかとすら思えます。えっととにかく、一度並外れて無茶苦茶なお話を読んで見たいという変な蛮勇のある方には、講談社文庫の『総門谷』あたりを手にとってみることをごくごく控えめにお勧めします。