『13』

13 (角川文庫)
うわーわ。わー。なんとも圧巻。構成はぜんぜん起承転結に倣ってなくてかなりめちゃくちゃなんですけど、目の前にある文章そのものがあまりにも面白いので最後まで途切れることなくぐいぐい引っ張られてしまいました。
この作品には物語的な意味でのわかりやすい展開がほとんど存在せず、あるのはただ主人公の響一さんやザイールの森に対する徹底した描写のみです。もちろん作中では、主人公に大きな影響を与える重要な事件も何度かは発生します。けれどそういった事件にしても、物語的展開というよりはその後の主人公の人格を表現するための背景のひとつとして描かれているように思えるのです。こういった作りの作品の場合、ラストであらゆる伏線が一気に収束して絶大なカタルシスが得られるという構造のものが多いと思いますけど、本書に関してはそういうことすらありません。文章が最後のページを迎えると、お話はただ静かにフッと終わってしまうのです。
いわゆる「物語」というのが「何かが変化していく様を表現した一本の『流れ』」なのだとすると、この作品はむしろ一枚の『絵』であるような気がします。古川さんが表現しようとしたのは響一さんの成長やその過程といったものではなくて、作品のラストで現れる光景や状態それ自体だったんじゃないかなと。だから本書は、フィクションではありますけれど、小説というよりはドキュメントに近い作品と言えるんじゃないかと思います。
こんな作品が小説として世に出せてしまえたのは、ひとつひとつのエピソードがとにかく魅力的だったからという面もあるでしょう。たとえばこの作品では、自然の偉大さや文明の弊害といった面に目を向けつつも、それが単なる良悪の二項対立としては描かれていません。ともすると「素晴らしい自然」の象徴として賞賛されがちなザイールの原住民は、ときに絶滅の危機に瀕したチンパンジーを積極的に密漁し、土着迷信的な差別思想によって殺戮すら行い得る存在としても描かれています。この辺はアフリカの現実に即した問題でもあるんでしょうけれど、そこに偏りを感じさせない描写をなしえた古川さんのバランス感覚は相当だと思います。