「ゆらぎの神話」入門編『パンゲオンの腹』

ゆらぎの神話」入門編。情報量が莫大過ぎてどこから読めばいいか分からないという声が多いので、めちゃくちゃテキトーに流れをまとめてみました。まあ三割くらい創作で矛盾しまくりですけどそんなの誰も気にしやしません。だってそういうものなので。キーワードリンクから各項目の詳細に飛べるのでよく分かんない言葉についてはそっちをどうそ。

 最初に無がありました。「無」が「ある」という表現に引っかかりを感じる細かい人がいるかもしれないので、「最初は無でした」と言った方がよいかもしれません。ところで「無」をあちらの言語で言うと「パンゲオン」ですが、この言葉には「世界の元となった巨大な獣」という意味もあります。つまり、最初の一文は「最初はパンゲオンでした」と言い換えることができるのです。というわけで、この超多頭獣パンゲオンが世界の始まりでした。

 パンゲオンは私達からすれば「世界」そのものですが、パンゲオン自身にとっては他に沢山いる獣の内の一匹でしかありませんでした。そこにはパンゲオンより大きく恐ろしい怪獣もいましたし、パンゲオンがいつも餌としている小動物もいました。また、頭が良くて道具を使って言葉を話す「神様」たちも同じ風にパンゲオンの隣で暮らしていました。

 あるときアルセスという神様が、何かの拍子でパンゲオンに槍をぶちこみました。パンゲオンの巨大な身体はあっという間に砕け散り、無数にあった首はばらばらに切り離されてしまいました。パンゲオンの肉片はそこらじゅうに飛び散った後、固まって大地となりました。パンゲオンの首もまたその上に降り注ぎ、すぐに大地を駆け回り始めました。大地を蠢く首の一本一本は、やがてそれぞれが一種類ずつの生き物となりました。このときに放たれた槍は大地に突き刺さり、空高く聳える巨大な柱となっていました。こうして私たちの世界が生まれました。

 それからしばらくの間、世界はどんどん成長していきました。生き物は増えました。パンゲオンに撃ち込まれた槍は生き物たちにも多大な影響を与え、そのイメージは生命の根源的な概念として彼らの本能に刻み込まれました。またアルセスと同じ神様の一人でインテリジェント・デザイン説が大嫌いなラヴァエヤナという神様が世界の動物達に進化論を吹き込んでしまったので、生態系の多様化はますます顕著になりました。これを見た神々はたいそう面白がり、自分たちのいた場所を捨ててパンゲオンの世界に移り住みました。神様は神様だったので、他の生き物を支配したいと考えました。

 ところがパンゲオン世界の生き物たちの中からも、並々ならぬ能力を会得して神を名乗る者が現れました。「南東からの脅威の眷属」だの「納豆を統べる神」だの「炎熱の精霊王」だのといった輩です。アルセスたちパンゲオン以前の神様はかなり調子づいていたので、ついこの間生まれたばかりの連中が神を自称して偉ぶっているのが面白くありません。アルセスやその仲間の神様は自らを紀元神と名乗り、にわかに現れた自称「神」連中を異神と呼んで区別するようになりました。紀元神群は異神群に服従を強いたので、両者は激しく争うようになりました。

 さすが年季が入っているだけあって、紀元神群は強力でした。ちょっと他の生き物より力があるからといって散々に威張り散らしていた異神たちは、ろくな抵抗も出来ずあっという間に懲らしめられしまいました。納豆の神様は早々と紀元神群の軍門に下り、精霊たちも自分たちの住処に隠れてひっそり暮らすようになりました。ところがそれでも、一部の異神群は粘り強く紀元神群に抵抗し続けました。中でも紀元神群を苦しめたのは、普段は地下で穏やかに暮らしている「隠されたはじまり以前の一族」でした。

 「隠されたはじまり以前の一族」の一人一人の力は紀神に遠く及びませんでしたが、彼らの優れた社会水準と結束力は容易には打ち破れないものでした。彼らは紀元神群の度重なる攻撃をことごとく退けました。業を煮やした紀元神群は、遂に切り札を持ち出しました。紀元神群の中でいちばん力持ちなセラティスという女の子に、紀元神群の有する中で最高の威力を持つ【ゲルシェネスナ】という槍を投げさせたのです。セラティスに【ゲルシェネスナ】を撃ち込まれ、「隠されたはじまり以前の一族」の暮らしていた地底都市は一瞬で消滅しました。こうして「隠されたはじまり以前の一族」は滅びました。

 「隠されたはじまり以前の一族」を滅ぼしたことで、紀元神群は世界の支配者としての一応の地位を築き上げるに至りました。ところが彼らもいい加減なもので、世界の支配者になったら何をしてやろうということは全然考えていませんでした。別に家来や貢物が欲しかったわけでもなし、世界の行く末にも興味があるわけでもなかったので、結局紀神たちは放任という形でしか世界に関わろうとしませんでした。紀神たちは特に世界に害をなすでも益をもたらすでもなく、のんべんだらりとそのままの暮らしを続けました。

 そんなとき、何者かが【人類】という魔法を唱えました。【人類】とはその名の通り、【人類】を生み出す魔法です。そういうわけで、唐突にわれわれ人類が誕生しました。人類はあっという間に数を増やして世界中に広がりました。やがて彼らは村を作り、さらに集まって街を作り、遂には国が出来上がりました。最近なんか元気な連中がいるなーと思いながらぼんやり眺めていた神々でしたが、この頃になってようやく事態が普通でないことに気がつきました。とはいえ、いくら数が多くても所詮は人間。神々を脅かすほどの存在であるとはとても思えません。うまく手玉に取れば楽をしてタダ飯にありつけるぞ、神々の認識はその程度のものでした。

 そうこうしている内に、人間の建国したジャッフハリムという国からレストロオセという女王が現れました。レストロオセは奸智に長けた女王で、人間を脅しつけて甘い汁を吸ってやろうと近づいてきた精霊を逆に手玉に取り、次々と自分の使役下に置いてしまいました。レストロオセはさらに策を重ね、異神群を焚きつけて再び紀元神群と争わせました。紀神たちはこれを何とか退けましたが、今までにない大きな損害を蒙りました。皆殺しのデーデェイアや不死身のキュトスは、この戦いで死んでしまいました。恋仲だったキュトスが死んでしまったことで、槍神アルセスは大いに悲しみました。

 異神との争いが終わる頃にはレストロオセはとうに死んでいましたが、疲弊した紀元神群はなんとか自分たちの力を取り戻さなくてなはりませんでした。紀神きっての知恵者であるアルセスは、ここでひとつの提案を挙げました。彼はレストロオセの一件で人間の恐ろしさを目の当たりにしていましたが、逆にその力を利用してやろうと考えたのです。紀神たちは、人間の中で力の強い者、意志の強靭な者、頭の良い者、偉業を成し遂げた者に【紀】の力を与えることによって自分たちの仲間に迎えることにしました。6つの男根と28の睾丸、496の女陰と8128の子宮を持つ有翼の大蛸デーデェイアなどは、このとき紀元神群の一員として紀人に昇じたうちの一柱です。

 それからまた数百年の後、人間の世界で新たな動きが生まれました。遊牧民から出た覇王ハルバンデフが人間の国家を次々と征服し、かつてない巨大な帝国を築いていったのです。とはいえ、所詮は人間の世界の話。自分たちには関係のないことだと、紀神たちは例によって傍観を決め込みました。その予想通り、帝王ハルバンデフが死ぬと彼の国家はすぐに分裂しました。ハルバンデフの偉業も、結局は一代限りのものだったのです。しかし問題はその後でした。ハルバンデフを生き返らせようと古代の魔術に訴えた狂える残党が、よりによってパンゲオン世界の外への穴を開けるという大失敗をしでかしたのです。

 世界はパンゲオンの外の世界と繋がりました。開けられた穴からは、紀神たちがかつて暮らしていた世界、つまりパンゲオン以前の世界からの生き物が次々と流入しました。人間たちに見たことも聞いたこともない世界の生き物だったので、いつしかそれは【地獄】と呼ばれるようになりました。この出来事が、人の世にいう「第一次地獄解放事件」です。事態がここに至って、紀元神群もようやく慌てはじめました。パンゲオン世界にいるからこそ彼らは神でいられますが、パンゲオン以前の世界では数いる生き物の一種でしかないのです。パンゲオン以前の世界からの侵略者は、紀元神群にとっても紛れもない脅威でした。

 一刻も早く、外の世界との間に開いた扉を閉じなくてはなりません。とはいえ、それが一筋縄ではいかないのは紀神たちも承知でした。「納豆の神様」やら何やらの有象無象を相手にしていたときとはわけが違います。今回の相手は、紀神たちにとっても互角の相手なのです。しかしのんべんだらりとした生活を長いこと続けたせいで、紀元神群はすっかり平和ボケしていました。命に関わる危険な戦いを怖がって、誰もが尻込みをしたのです。しかも頼みの綱である最強の紀神セラティスは、このとき運悪く友達の家に遊びに行ってて留守でした。紀元神群、はじまって以来のピンチなのでした。

 そんなとき、ある人間の魂が【地獄】に殴り込みをかけました。それは生前、ハルバンデフの好敵手として人々から尊敬された英雄カーズガンでした。死してなおハルバンデフとの決着を願う彼は、単身【地獄】に趣いたのです。自分たちの身を危険に晒すことを嫌った紀元神群は、こぞってカーズガンを応援しました。今や【地獄】の王に収まったハルバンデフを退治して、地獄の扉を閉めてしまうよう頼んだのです。紀元神群カーズガン【紀】の力を与えて紀人とし、魔王ハルバンデフを打ち倒すに足る様々な策を施しました。紀人となったカーズガンは正面を切って地獄の難敵を屠り進み、紀元神群は後方を支援する形でその後に続きました。

 やがてカーズガンは地獄の底に辿り着きました。当然そこには魔王ハルバンデフが待ち構えていたのですが、それよりも彼の隣にいる人物を目にして紀神らは驚きました。ハルバンデフを意のままに操ることで影から地獄を治めていたのは、なんと亡国ジャッフハリムの暴妃レストロオセだったのです。カーズガンの後ろに続いていた神々は大いに混乱しました。レストロオセが生きていた時代からは、もう既に千年が経とうとしているのです。考える間も与えられぬまま、カーズガンハルバンデフの決戦が始まりました。

 生前は一度としてハルバンデフに勝利することなかったカーズガンですが、今や神となった彼の力はかつての比ではありません。とはいえ、地獄の瘴気を受けて魔王となったハルバンデフも負けてはいませんでした。さらに背後から念を送るレストロオセの妖しい術によってハルバンデフの膂力は恐ろしいほどに高まっています。この術の正体をいち早く見抜いたのは、智の紀神ラヴァエヤナでした。彼女は争いに不慣れなので直接地獄に降りてはいませんでしたが、シャルマキヒュ神の千里眼を通じて地獄を覗き見ていたのです。神々の図書館を預かるラヴァエヤナの記憶によれば、レストロオセの操る術は「隠されたはじまり以前の一族」の技術に違いありませんでした。

 ラヴァエヤナカーズガンを通じてレストロオセを問い詰めました。レストロオセは今さら気付いたのかと言わんばかりに、あっさりと真相を白状しはじめました。いえ、その態度はむしろ、物語のクライマックスで悪の黒幕が聞いてもいないのに事件の真相をべらべらと語り出すときのそれそのものでした。曰く、天地開闢以前からパンゲオンの腹の中にいた彼女らの祖先は、やがて「隠されたはじまり以前の一族」と呼ばれる文化的社会を築き上げた。しかしそれを紀元神群が不条理な理由で滅ぼした。一人生き残ったレストロオセは一族の英知を結集し、【人類】を唱えて紀元神群に対抗しうる唯一の種を作り出した。そして彼女自身も人間としてジャッフハリムに生まれ変わり、王妃として紀元神群に打撃を与えた。その後彼女は自力で紀元槍に触れて紀人となり、紀元神群に更なる辱めを与えるために人の世を陰から操ってきたのだと。

 大威張りで哄笑しながら散々にネタバレしまくると、レストロオセはとっとと秘密の脱出ルートからトンズラこいてしまいました。残されたのはカーズガンハルバンデフのみです。その後も両者の激しい戦いが続きましたが、レストロオセの援助を欠いたハルバンデフの力はカーズガンに一歩劣りました。長い死闘の末、ついにハルバンデフは討たれました。君主を失った地獄は勢いを失い、カーズガンはすぐさまパンゲオン世界との間に通じた扉を封印しました。こうして、第一次地獄解放事件はようやく収束を迎えました。ひとまずめでたしめでたしでした。

 でも、よく考えるとあまりめでたくもありませんでした。黒幕のレストロオセはまんまと逃げおおせてしまったわけですから、いつまた同じような事態が起こるか分かりません。紀元神群は例によって大慌てになりました。そんなとき、友達のきゅーちゃんちからセラティスが帰ってきました。この忙しいときに何をしていたのかと、皆はセラティスをなじりました。こっちは死ぬとこだったんだぞ、そもそもお前が連中にゲルシェネスナなんかぶち込むからこんなことに、お前もうおやつ抜き、隠し持ってる恥ずかしいポエム印刷して世界中にバラ撒くぞ、そんな風に矢継ぎ早に責められてしまったので、普段は無表情系不思議少女で通っている戦闘美少女セラティスも遂には泣き出してしまいました。セラティスが拗ねて隠れてしまったので、紀元神群は再びレストロオセに対抗する手段を失ってしまいました。

 セラティスの協力が得られないとなると、紀元神群は八方塞がりです。正面切ってレストロオセと戦って負けるとは思いませんが、また同じようなことがあれば大きな痛手を負うことは必至でした。それになにより痛いのは嫌です。紀神たちは少し迷って、すぐに撤退を決めました。自分たちがパンゲオン世界から隠れてしまえば、レストロオセといえども流石に追ってはこれないでしょう。どうせパンゲオン世界に大した執着はないのです。そうと決まればさっさと引越しというわけで、数千年の間パンゲオン世界に君臨していた紀元神群は遂に身を引きました。

 紀元神群紀元槍の中に身を隠すようになり、遂に世界は彼らの支配から解放されました。パンゲオン世界にはまだ「南東からの脅威の眷属」などの異神が残ってはいましたが、彼らとて必ずしも人間より優れているというわけではありません。世界の真理に着々と近づき、ますます強大な力を得ようとしている人間達からすれば、これらの異神の脅威は単なる異種族問題程度のものでしかありません。こうして神話の時代は終わりました。人を弱者とするケールリング人間観は徐々に語られなくなり、人を強者とするヨンダライト人間観が広く認知されるようになりました。

 今でもときどき、紀神たちが人間の前に姿を現すという噂はあります。アルセス神は恋仲だったキュトス神を甦らせるため、人の姿を借りてあてどもなく世の中を放浪しているといいます。飽きもせずに筋トレしているセラティス神や、何を考えているのか分からないマロンゾロンド神もときどき目撃されています。なんとなく気に食わないという理由で人間嫌いなペレンケテンヌルも、人々に嫌がらせするため下界に降りることがあるそうです。そしてそういったチャンスを狙って、呪祖レストロオセがいまだ紀神への復讐の機会を窺い続けていることも忘れてはいけません。今や神々の名前はすっかり昔のものとなってしまいましたが、彼らの脅威は常に私たちと紙一重の世界にあるのです。レストロオセ紀神たちの脅威を完璧に防ぎきる方法はただひとつ。

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