『ポーの一族(3)』

ポーの一族 (3) (小学館文庫)
あー。そりゃ傑作です。二十代でこれを描いたなんてありえません。既に古典のように語られているのも頷けます。こういう人が実在している以上、天才という概念も信じざるをえないのかもしれません。洗練度のひとつをとっても、これは普通の作家なら四十代とか五十代になってやっと描けるような作品です。

サーガというだけあって長大な歴史の奥行きを感じさせてくれます。最初ばらばらに語られていた物語に繋がりが見出され、やがてひとつの大きな流れが見えてくるという趣向は、よく練られた短編連作ならばこそ。

「吸血鬼」である主人公たちの描かれ方が凄いです。必ずしも人間と同じ倫理観に基づいて行動しない彼らは、時として非常に冷酷な面を見せます。自らの食事とするため、障害を排除するためといった理由で人を殺すことに対して、彼らは大した忌避感を持っていないようですし、その狩りに楽しみを覚えてすらいるようです。ここで「身近でない者の生死にまったく関心がない」なんていう言い方をすると、どこぞのファウストみたいな感覚を連想してしまうんですけれど、萩尾さんの描く吸血鬼からはまったく異なる印象を受けます。

何と言うべきか、自分の行為に対して言いわけや理論武装をすることもなく、とても自然な風であるように感じられるのです。一切のエクスキューズなしに行われるその行為はとても恐ろしくて、彼らが人間と根本的に異質な存在であることを思い知らされます。ただそこには、ファウスト界隈*1の作品で「壊れた世界」と形容されているような不自然さがありません。そこにぜんぜん嫌味がないというか、凄くあるがままといった感じが逆に新鮮でもありました。

ところで『小鳥の巣』でキリアンさんの子孫が後の物語に絡んでくることが示唆されていますけど、ちょっと調べてみたところこの伏線は結局描かれずに終わってしまったようですね。残念。

*1:いえまあ、そんなものと比べるなっていう感じですけど。