空気読まずに「燃やし賞」行ってきました

なんか色々間違えました。

「インドへの道」

「決めたよ! 僕はインドに行く! インド行って牛に乗る!」
 たあ君は私の部屋に転がり込むなりそう叫んだ。
「インド? なんでインド? しかも牛」
「そりゃさゆちゃん、インドと言えば修行に決まってるじゃないか」
「だからなんで修行?」
 従弟のたあ君は、修学旅行も嫌がる非行動的な男の子だったはずだ。というかアウトドア全般を憎悪している。そんな彼が、インドで牛とは何事だろう。
「僕は痛感したんだ、自分が口先だけの人間だったって。僕は無根拠な全能感に安寧していただけだった。中二病だった。無能なパンダに過ぎなかったんだ!」
「パンダ」
 たあ君、また変な作家にお熱になってしまったのだろうか。この前も「神は死んだ!」とか読んだこともないニーチェを引用しまくってたし。
「で、具体的には?」
「じいちゃんに相談したら、任せろって言ってくれた。学校も一年休学して、じいちゃんとインドの山奥でみっちりシュウヨウを積んでシンタイセイを獲得するんだ」
「一年? 休学? え、うっそ」
 今回はまた大きく出たものだ。私たちの祖父は、路銀も持たずに発展途上国を放浪するのが趣味の屈強な老人だ。通称【殺人!牛殺し】。思考にも少々エキセントリックなところのある祖父ならば、たあ君の一時の「思いつき」も全力で実現させてしまうだろう。
「僕はやるぜ! インドア派からインド派へ転向だ! 待ってろよ牛の群れ!」
 とか言ってるが、でもこれはこれで良いかもしれない。何か勘違いをしているたあ君だけど、なにせインドだ。三日で帰りたいと泣き出すだろうが、あの祖父は赦すまい。インドで牛糞にまみれて一年、それは人間が成長するのに十分な環境と時間だ。カラ悟りなんてたちまち抜けてなくなろう。
 一年後のたあ君を想像してみる。何があっても一人で生きていけるだけの逞しさを身につけて、彼は帰ってくるだろう。バイトの面接なんかでしどろもどろになることもなく、誰とでも堂々と接することのできる人間になっているのだ。無闇に他人を見下したり、受け売りの知識をひけらかすこともなくなる。だってたあ君は、そんなことをしないで済むだけの経験をしてくるんだから。
 ふと思う。なんだ、そうなるともう、私よりも立派じゃないか。一年後、凛々しくなった彼を見るのが少し楽しみになってきた。
「さゆちゃん、何にやにや笑ってるの?」
 一人愉快に思っていると、今はまだ情けないたあ君が不思議そうに首を捻った。
(終)