『DIVE!(下)』

DIVE!! 下 (角川文庫)

わっほい傑作。

王道まっしぐらでありながら、どこか繊細さをも感じる作品でした。プロットだけを書き出すならば、挫折と克服が何度も繰り返されるだけのお話です。この作品は、そういうところで奇を衒うことはありません。それでもぜんぜん陳腐さを感じさせないのは、実際にそれぞれのシーンを描く際の、精緻なまでの表現力によるものなのでしょう。

この手のスポーツものの展開は、作者の権限が途方もなく大きいです。たとえば普通のファンタジー作品であれば、主人公が勝って悪役が負けるという結末がはじめから決まっています。いくら作者といえども、このお約束は滅多に覆せません。主人公が負けて悪が栄えるというパターンは、反則であり裏技なのです。

けれどこれがスポーツ作品となると、作者の権限は大きく増大します。ファンタジーと異なり、スポーツは負けるのが当たり前の世界です。主人公が負けて終わるという結末も、ひとつのパターンとして読者に広く受け入れられているわけです。「負ける」という選択が「勝つ」という選択と同等のものとして作者の前に並んでいる以上、どちらの展開を選ぶかは完全に作者自身の采配に任されます。

作者は確率を操作するかのごとく、勝利と敗北を好きなように分配することができます。どんなに意外な結末でも持ってこれます。でもそれだけに、単に勝った負けたの結果を示すだけでは読者に何も伝わりません。だからこそ、ここでまた描写力・表現力といった基本に立ち返る必要が出てくるわけですけれど、本書はここしっかり描いてくれます。勝利には勝利の理由を、敗北には敗北の理由を、読者が納得できるよう確かな表現をもって伝えてきてくれているのです。

この作品で面白いのは、登場人物の描き方。章ごとに切り替わる視点で描かれるのは、三人の飛び込み選手とそのコーチです。無邪気な笑顔で飛び込みに打ち込む最年少の知季くん、津軽の荒波に揉まれた寡黙な野生児の飛沫さん、既に多くの実績を持つクールで飄々とした要一さん、そして突然現れた天才肌の謎コーチ夏陽子さん。外側から見ていると、どの人物もキャラクターとしての強度が強いように思えます。

ところがお話が彼らの視点に立って語られるようになると、完璧超人のようだった彼らの印象は一点、次々とぼろが出始めます。今まで一貫していると思っていた彼らのキャラクターは実は強固などではなく、実は意外と危うい心理の均衡の上に成り立っていたことが分かります。外から見た強固さと内面の脆さのギャップはなかなかに面白く、彼らの造型を印象描き出すのに一役を買っていたと思います。