『砂の女』

砂の女 (新潮文庫)

新種のハンミョウを探しに、砂だらけの寂れた村へとやって来た昆虫採集マニアの男。彼は村民の罠に嵌まり、村落を脅かす砂害を取り除くための労働力として監禁されます。砂の崖に囲まれた穴の中に一軒家を与えられ、地元の女性と同棲することを余儀なくされる主人公。砂を掘るだけの一生など我慢ならないと、彼はなんとか村からの脱出を試みます。

なるほど、これは確かにSF。この村の「砂」というのは実に奇妙な存在で、一晩に何メートルも積もったり、放置しておくとものを腐らせてしまったりと、常識からかけはなれた恐ろしい存在として描かれています。それも、いわゆる文学という言葉からイメージされる幻想的・抽象的なものではなく、砂のざらついた手触りまでもが伝わってきそうな極めて現実的なものとしてです。

この村自体も、砂に負けず劣らず不気味です。旅人を当たり前のように監禁して当たり前のような顔で生活を続ける村人たちは、自身の行いを愛郷精神のなせる業だと悪びれもせずに答えます。マヨイガ伝説を彷彿とさせる閉鎖的なこの社会は、けれど普段はその裏の顔を隠し、普通の村落であるかのように振舞っているのです。

とはいえ、SFなだけでは文壇からの評価は当然得られないわけで、そこをちゃんと両立しているこの作品の存在は、当時からすればとても希少だったかもしれません。この作品の場合、それは「人の生きがいについて」ということになるのでしょうか。

村を捨てて外に出るべきだと言う主人公に対し、その主張が理解できず砂をかくだけの暮らしになんら疑問を持たない女性。結末の事象自体はお話の冒頭で示されるんですけれど、そこに至る過程にはなかなか興味深いものがありました。