『グラン・ヴァカンス 廃園の天使I』

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

リゾート地として作られながら、千年も前に人間から見捨てられた常夏の仮想都市。取り残され来訪客を相手にすることのなくなったAIたちはそれでも延々と日々を営み、夏はずっと続くと思われました。ところがこの停滞は、ある日突然やって来た外敵の襲来によっていとも容易く破られてしまいます。降りかかる不条理な殺戮に、団結した住人たちが立ち向むかうのが最初の展開。

傑作と呼ぶに躊躇のいらない作品です。全編通して、驚くほどに清浄な文章が印象的。物語がはじまったときは、その光景があまりにも穏やかに澄み切っていて、このまま何事のもなくずっとこの情景が続くのかとすら思えました。でも、お話はそうは流れていきません。序章から程なく、千年間続いた平穏を跡形もなく打ち砕く、完膚なきまでの圧倒的な蹂躙が繰り広げられることになります。

最初の一撃を生き残った住人たちは、仮想世界のプログラムに直接干渉可能な唯一の方法「硝子体」を切り札として、外敵に対する反撃を試みます。単なる海辺の住人として暮らしていた何の変哲もない人々が、武器を手にし戦士として団結していく様子はこの上ない"燃え"展開です。

けれど、この作品はそんな単純な流れでは終わりません。様々な策を講じ、必死に反撃を試みる住人たちですけれど、敵はあまりにも強大です。都市の住人は「硝子体」を駆使することでようやく僅かにプログラムに干渉できるのに対して、敵の権限が絶大すぎるのです。スポーツ選手が審判と争っているようなもの。その戦いはある意味絶望的で、その絶望までがまた物語の鮮烈さを一段と引き立てていきます。

人々が次々と殺戮されていく様子は、まるでホラー映画を見ているよう。血なまぐさい光景でありながら、それはひどく幻想的でもあります。本来ならとても泥臭くなるはずの現場を緻密に描写しているというのに、最初に感じた清浄さがまったく揺らがないのが不思議でした。どれほどの苦痛や官能に世界が溢れても、それが何らかの穢れをもたらすことが一切ないのです。

最後まで読み終えたとき心に残ったのも、やはり清浄のイメージでした。静寂と騒乱、希望と絶望が目まぐるしく入れ替わるこの物語ですが、少なくともその清浄さだけは常に一貫していたと思います。ここまでの表現ともなれば、書かれるのに十年かかったというのも納得のいかない話ではありません。もっと腰を据えて、ゆっくりじっくり読めばよかったなあと思ってしまったくらいです。