『沈黙/アビシニアン』

沈黙/アビシニアン (角川文庫)

やー、もの凄い筆圧を感じる作品でした。音楽と悪について語られる「沈黙」と、文字と愛について語られる「アビシニアン」の二編を収録。それぞれが古川さんの長編第二作と第三作です。デビューの瞬間からこんなものを書けてしまう古川さんに戦慄しました。

この作品のあらすじを言葉で説明しても、その面白さは伝わりはしないでしょう。世の中のお話にはおそらく二つの傾向があって、それは「物語」を描いているか「情景」を描いているかなのだと思ってるんですけれど、古川さんの作品はきっと後者に属するものです。それが何を意図しているのかはぜんぜん理解できないのに、目の前に広がる光景があまりにも圧倒的で、とにかく見入るしかないっていう。

解説でマジックリアリズムという形容をされていましたけれど、この言葉の意味を本書ではじめて実感できた気がします。この本に収録されている作品はどちらも非常に観念的で、虚構的とすら呼べそうな世界が描き出されています。それなのに、その描写の細部はむしろ極めて現実的で、読者の五感に訴えてくる感覚的・肉体的なものですらあるのです。

特に圧巻だったのは一作目の「沈黙」で、実はノンフィクションなのではと見紛わんばかりの架空史が圧倒的な存在感をもって現出します。空想上のものごとに揺るぎないリアリティを与えることにかけて、古川さんに並ぶ人はそうそういないのではと思えます。