『アヒルと鴨のコインロッカー』

アヒルと鴨のコインロッカー (ミステリ・フロンティア)

 相変わらずハズレなしの伊坂さん。読んでる間は意識もしませんでしたけど、最後まで読んでみる『重力ピエロ』と似た構図の作品に仕上がっていて、伊坂さんの基本スタイルを垣間見た思いです。

 伊坂さんって、基本的にはすごく柔軟な考え方のできる人なんだと思いますけど、ある一点ではすごく頑固でもありますね。こと「悪人」と向き合うことについて、伊坂さんの作品からは過剰なまでの倫理観の強さを感じます。

 現実の世界には、判を押したような「悪」そのものの人間なんて当然存在しません。でも伊坂さんは、そこであえて作中に「悪人」を登場させ、バッサリとやっつけてしまいます。その躊躇ない斬りっぷりはとても清々しいんですけれど、反面、公平な視点で描かれた作品世界の中に一点だけ生じたひずみのようなものも感じます。

 ただし、そのひずみが作品にとってマイナスになっていないのも、また伊坂さんの絶技の賜物だと思います。ある作品について最も深く読み込んでいる読者の一人は作者本人に違いないわけで、上記の問題くらいくらい伊坂さんはとっくに承知の上でしょう。あくまで公平な視点を持っいるからこそ、一点の頑固な主張を押し通しながらも全体としてのバランスが維持できているのだと思います。