『語り手の事情』
語り手を自覚する「語り手」氏が語り手となって語る語り手の事情。あとがきで「メタフィクションじゃない」と宣言されていますけど、メタが本質かどうかはともかく、語り手として自由に語る語り手さんの語り口が作品を引き立てていることは間違いありません。
ヴィクトリア朝時代イギリスの抑圧された妙ちくりんな性妄想というどうしようもなくアレなテーマなんですけれど、メイド口調を借りた語り手さんの無駄に冷静で分析的で時に現代医学の知識まで交えて語られるストーリーテリングのおかげで、一種シュールとすら言えるような形容しがたい空気感が醸し出されています。
メイドものと女教師ものの色本の読みすぎで頭の中ばかり大きくなってしまった少年の相手をしたり、女になりたいという紳士の妄想の具現化を手伝ったり、あらゆる社会現象を性奴隷によって説明しようとする男の話に付き合ったり、どのように意味を見出せばいいかも分からないようなことについて書かれているのにどんどん読まされてしまうのは、まさに「語り手の力」なんだと思います。第三章、SMについての50ページにも及ぶ語りとその結論には、勢いのあまり思わず納得させられそうになってしまいました。騙されるところでした。
そうやって読者をあっちこっちに連れまわして混乱させるカオスっぷりを発揮しながらも最終的にはちゃんと恋愛小説として完結していたりして、ここまで来ると凄いを通り越して何か別物の感情が湧き上がって来たりもしてしまいます。とりあえず「性の世界は奥が深いですねー」とかで済む類の問題でないことは確かだと思いました。