『狂骨の夢』

文庫版 狂骨の夢 (講談社文庫)

 相変わらず、ひと続きのシーンがものすごく長いですね。たとえばお酒の席で始まったちょっと込み入った長話……程度のシーンが、この作品ではなんと100ページ近くもかけて描写されたりしています。

 だから全体の長さが1000ページ近くあるのに対し、シーン数は20もあるかどうかというところ。そのせいかどうかは分かりませんけれど、読んでいる間の体感時間は驚くほど短いものでした。

 これだけのことを書くのに、よくこれだけの長さの作品を……と最初は思いましたけど、そこに盛り込まれた内容量を振り返ってみるとたしかにそのくらいの文字数が必要だったようにも思えます。

 今回は今までにも増して「相互に無関係に思える要素」が多く、物語はお話が進むにつれてどんどんしっちゃかめっちゃかに拡散していきます。単純に「人の仕業とは思えない」というレベルではなく、「たとえ超常現象を全面的に受け容れてみてもなお整合性が成り立たない」というくらいの破綻っぷり。

 つまり、お化けを用いて事件を説明しようとしても、お化けとお化け同士が競合してしまってその説明すら成り立たないという有様なのです。ベアトリーチェ様も真っ青、なのです。

 だから読者は「物語を貫く一本の軸」を見極めることができないので、どこに焦点を定めるべきか分からず混乱します。本作がときに冗長と批判されることがあるのは、長さよりもむしろその「捉えどころのなさ」がストレスを与えるせいなのかもしれません。

 この展開の乱雑っぷりは600ページあたりでピークを迎え、その後はジェットコースターのように目まぐるしい「憑き物落とし」がはじまります。と言って、その解決編にも実際は300ページという分量が割かれているんですけれど、体感的にはあっという間です。(ちなみにその間、大きな場面転換はたった一回)

 これだけ拡散した要素を最終的には収束させて、整合性のある一本の物語に紡ぎあげる手腕は見事としか言いようがありません。まるで職人芸そのものでした。 

 あと朱美さんが民江さんに向ける感情にあうあうあうってなりましたよ! この人のおかげで、ともすれば陰惨に見えるお話がだいぶ救われたように感じます。京極さんこういう終わらせ方もできるのかー、と技の広さに驚きました。