『鉄球姫エミリー』が稀に見る重量級ライトノベルでした

鉄球姫エミリー (鉄球姫エミリーシリーズ) (スーパーダッシュ文庫)

 ひ、ひいい。

 非常に重量級なライトノベル。具体的には登場人物がみんな甲冑。男も女も皆が皆、重いでかい大甲冑で登場します。魔法使いなんてヤワな職業は登場しません。ヨロイと武器をガチンゴチンとぶつけ合う、ストレートすぎる肉弾バトルです。

 敵も味方も、「ロマサガ2で5人全員帝国重装歩兵」みたいなすさまじいパーティ構成です。そんな連中がひたすら「パリイ!」やら「なぎ払い!」やら「骨砕き!」やら「エイミング!」やらをやってるのだと思ってください。

 ここまでなら「非常に男らしい作品」で済むんですけど、本作の変態性をさらに増しているのは「装甲侍女」の存在です。「要人を24時間守り続けるため」とか言って、なんと侍女さんたちまで日常的に大甲冑を装備しているのです。しかも甲冑の上からちゃんとエプロンやらフリルやらをつけておくという、凄まじい徹底っぷり。

 そんななので、P31の挿絵は本当に圧巻でした。頭よりも肩幅の方が大きいくらいのごっつい甲冑を身にまとった可憐なお姉さんが、無骨な小手にタオルを持ってお姫様の裸体を粛々と拭いている図。もちろんエプロンやヘッドドレスのフリフリも完備。多分これは世に言う「武装メイド」さんの究極進化系なのでしょう。参りました。

 で、このお話、人が容赦なく死にます。もちろん今日びのライトノベル、ただ人が死ぬだけの作品ならいくらでも見つけられます。要所要所でいたいけな女の子が惨殺されるようなシーンを入れることで悲劇性と刺激を演出するようなタイプの作劇は、既にひとつの定型として存在しています。

 でも本作で描かれる死は、そういう「演出のための死」とは違った印象を与えてきます。政治闘争という大きな流れの中で翻弄される登場人物たちの死は、「物語上の必要」というよりも、単に「暗殺事件という状況による必然」として訪れます。そこに過剰な装飾はありません。

 だからこそ、登場人物たちの人間性は逆に際立つという面もあります。抗いがたく立ちふさがる目の前の死に対して、どのように立ち向かうか。その一人ひとりの生きた姿は、たしかに強く印象に残るものでした。戦いが佳境を迎えるころには、甲冑エプロンの馬鹿馬鹿しさなんてすっかり吹き飛んでいたくらいです。

 主人公の造型について言えば、下ネタ方向の劇的な口の悪さで無理難題を要求しまくるところが異彩を放っています。女佐山ですね。ギャグの運びや文体など、いくつか川上稔さんを髣髴とさせるところがあったので、影響を受けてるのかもしれません。ただしその内心は普通のおてんば姫として見てよさそうな平均的な造型ではあります。本作のカタルシスの焦点のひとつは彼女の精神的成長にあるのだと思いますけど、その辺の描写が薄めではありました。

 最初の戦いが起こるまでが長かったり、激戦からの盛り上がりで読者が先を急いているところにのんびりとしたシーンが続いたりと、緩急の構成にアンバランスなところは感じました。技術的なところを見れば、新人作家として突出しているわけでもないと思います。ただし作品の方向性には間違いなく異質なものがあって、これは続巻に手を伸ばすのに十分なものを感じました。

 暗殺事件の黒幕が最後の方まったく言及されなくて事件当事者だけでお話が収束しているあたり、負け戦を描いた歴史小説を読んだような気にもなれます。カタルシスがないわけではないんですけど、その求めるところは平均と一線を画する感があります。なんか続きもちゃんと評判いいみたいですし、ひさしぶりに注目しておきたいライトノベル作家さんに出会えたかもしれません。