『φは壊れたね』

φは壊れたね (講談社文庫)

 壊れたねって「壊れ種」で、φという字は種がまっぷたつに割れていることを示してるんだろうなーとずっと思ってたんですけれど全然そんなことはありませんでした新シリーズ第一作。

 森さんの今回のテーマは洗練なのでしょうか。薄味になったとは思わないんですけれど、抽象度が今までにも増して高くなったようには感じました。抽象的になった分、具体的な癖が見えにくくなってとっつきやすくはなったのだと思います。

 でも全体として見ると、ラストの語らないっぷりとか森さんらしさがプロットレベルで現れてる気も。「語りえぬことは沈黙しなければならない」とありましたけど、海月さんの挙動にしても作中で語られる事件の在りようにしても、このテーマは執拗に貫かれているようです。

 エンターテイメント作品として考えるなら、犯人の動機などをまるで明かそうとしない今回のような姿勢はかなりの冒険です。森さんのファンであっても、別にそういうテーマに触れたくて作品を追っているという人は実はあんまりいないのかもしれません。そういう人にとって、事件が一回しか起こらない本作はたしかに物足りないものでしょう。

 なので、本書をうまく楽しめるのは、まだ森さんの癖や物量に慣れていない読みはじめの読者か、森さんのテーマ自体にまで共感して一緒に鑑賞しようとできるコアなコアなファンという両極に分かれてしまうのかもしれません。山が二つあるグラフが描けそうです。

 新キャラクターの中でいちばん興味深いのはやっぱり海月さん。ただ彼の偏執的なまでの無口さや慎重深さは、この一冊では十分な説得力を持たなかった気がします。どうも喋るときと喋らないときの基準が外から見えてきづらいと言うか、まあその辺まで含めて本作のテーマなのかもしれませんけれど。

 あと国枝先生がノリノリで事件の推理に参加していて驚きでした。あの先生の標準状態を考えれば、あれくらいの挙動をノリノリと形容してもきっと許されると信じます。