『虐殺器官』

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

 ようやく読みましたよ虐殺器官。人類という種に秘められた「虐殺」の秘密と、その秘技を用いて世界中で虐殺行為を引き起こして回る男を巡るお話。「虐殺の文法」という観念的にも見えるアイデアを中心に据えつつも、実際の描写から生まれるイメージは地に足が付いていて、現実味と安定性があったように思います。

 世界中で多発する虐殺の仕掛け人ジャン・ポールさんについて最初に想像したのは、なにか人智を超越した高次の知能だか神意だか法則そのものだかのイメージでした。そういう人智を超越したレベルの何かが虐殺を誘引していて、ジャン・ポールさんはその地上代行人みたいなものなのだろうという。

 でも真相を見てみると、この虐殺の秘技が実はごく個人的で人間的な動機で運用されていたことが分かります。観念的なSFにありがちな小賢しい予断を持って臨んでいたので、このベタなオチは逆に予想の外でした。虐殺の文法なんて大層なものものを操っていたのがただの卑俗な人間だったという落差にはなかなかの妙味があって、ああこれがいわゆる決断主義かーとか複雑な思いにとらわれましたのことよ。