『水滸伝(十五) 折戟の章』

水滸伝 15 折戟の章(集英社文庫 き 3-58)

 ここまで、危ういながら「勝つ戦」を続けてきた梁山泊の勢いも、官軍10万を相手にして遂に頭を打ちました。各拠点を一斉に攻撃され、一箇所でも破られれば即梁山泊自体の陥落に繋がってしまうという状況。相手が疲れきるまでひたすら「耐え抜く」しかないという、これまででもっとも苦しい戦いが描写されています。

 たった一章の間に何人もの好漢が倒れていく光景には圧倒されるものがありますが、そこに陰惨さを感じさせないのが北方さんの力だと思います。破滅に向かって突き進んでいることが分かっていても、だからこの作品は決して悲劇としては描かれません。


 戦の話以外では、扈三娘さんの縁談話が印象的でした。原典の彼女はいわゆる「お人形さん」のようなイメージでしたけど、本作の扈三娘さんは我の強い軍人気質と表現するのが近いと思います。突然の縁談を受け入れたのも、ただ上官の命令に従ったという感じ。

 原典と同じく一方的に持ちかけられた縁談を粛々と受け入れる展開ですけど、北方さんが描くとこうまで印象が違うのかと。こういった換骨奪胎を、北方さんは本当に面白い形でやってくれるなあと思います。

 結婚相手との対話も面白くて、開口一番「任務も忙しいので会うのは十日に一度」「子供が生まれたら梁山泊の兵にする」「お互いの仕事に干渉しない」「浮気はするな」というような約束を淡々と取り付けていきます。やり手のビジネスマン同士が結婚したらこうなりそうだ、というおかしみがありました。こういったシーンは、水滸伝だからというよりも北方さんの男女観が如実に現れているという意味で興味深いです。


 ラスボス童貫さんが、遂に視点人物となって物語に上がってきました。多分もう、彼の後ろに控えている新たな敵はいないでしょう。ようやく終わりが見えてきたというところで、このシリーズもあと四巻。残り冊数を数えることが、非情なカウントダウンに思えます。