『ベルカ、吠えないのか?』

ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)

 諸手を上げて凄まじいと叫びたいイヌのサーガ。

 人間の正史に対する、イヌの逸史の物語です。イヌは自らは記録を残しませんから、人間の歴史の裏でイヌもまた連綿とした歴史を綴っていることに私たちは気がつきません。そういったたしかに存在する、けれど今まで見ることのなかったものを改めて眼前に突きつけてくるから、この作品はこんなにも印象に残るんだと思います。

 ここで語られるイヌたちの思考は時に「セリフ」として語られますけど、それが決して安易な擬人化を意味していないのが興味深いです。作中カタカナで表記されるイヌたちの言葉、あれって擬人化というよりも、単にイヌの思考を「日本語表記に翻訳」しただけのものに思えます。だからイヌは、どこまでもイヌのままです。

 複雑なイヌの系譜や錯綜するプロットと逆に、この作品のストーリーはとても単純です。むしろ単純すぎるからこそ、読み取りづらいところもあります。とにかく一場面一場面の描写が面白すぎるので、ストーリーを全く無視したとしても小説作品として成り立ってしまうくらいなのです。だからこそ、どんどん引っ張られて読み終えてから「この小説は一体どういう話だったんだろう」という疑問がわくこともあるかもしれません。

 それを「イヌの話です」で済ませてしまうのはさすがに乱暴でしょうけれど、ストーリという視点で改めて説明しようとすると、どうにも言葉の出てこない作品ではあります。ほとんど描写だけで小説を小説たらしめてしまう、そんな作品もあるということなんだと思います。