『クラリネット症候群』

クラリネット症候群 (徳間文庫)

 最近、乾くるみさんの作品が相次いで文庫化されてて嬉しいです! 「評判はよく聞くけど入手は難しい」作家さんという位置づけから、大きく変わる契機にあるののかもしれません……あとは新作さえ出てくれれば。本書に収録されている書き下ろしの表題作は200ページ弱の中編ですけれど、これでも数年ぶりの新作ということになるのでしょうか。

 元々が徳間デュアル文庫ということで、乾さんの既刊の中では、最も軽い部類に入る作品だと思います。でもその軽さが必ずしも作品の足を引っ張っておらず、軽さと毒の上手いバランスが保てていたと思います。

「マリオネット症候群」

 人格入れ替わりという題材は、今日びもうありきたりなネタです。でもそんな既に使い古されたネタを、まだ誰も見たことのないような切り口で描いてぎゃあと驚かせるのが乾さんはたいそう得意な様子。そういえば『リピート』もそんな感じでした。

 終始ドタバタしてるし倫理観もなんかトチ狂ってるし、それなのに後味悪くはならないぎりぎりのバランスで進行するストーリーテリングは単純に秀逸。そしてそんな軽いタッチのノリの前に気楽に構えていると、ふと気がついたらいつの間にか思いもしなかった地平に連れてこられている驚愕というか何というか。"凄い"ラストだったと思います。

クラリネット症候群」

 教訓:下心は身を滅ぼす

 というメッセージの込められたたいへんありがたい一篇。こちらは暗号が先にあって、そこに無理矢理ストーリーをくっつけたという感じです。そういう安易なストーリーは批判の的になりそうですけど、何せ大本のネタの一つの"クラリネット症候群"自体が非常に脱力的なしょうもない(でも応用性はある)ネタなので、実に親和性があって違和感ありません。このエロガキめ!

 そして何より、こんだけ滅茶苦茶やっといて中心の暗号ネタだけは手を抜かず本気で作り込んであるという無駄骨っぷりがまたこの作品のヘンテコさを助長しています。まあまあようやりますわという、あきれ半分になりながらも楽しめた作品でした。