『空の境界(下)』

空の境界(下) (講談社文庫)
   
 さんざん言われていることだろうと思いますけど、黒桐さんがえらいかっこいいですね。造形的にはわりと普通のキャラクターかもしれませんけど、衒学的な要素で固めたこの作品の中にあってこの"誠実さ"はひときわ異彩を放って見えます。作品にこれだけアクの強いものを散りばめておきながら、中心に空洞のようなかれを配置しているあたりに、奈須きのこさんという人の作家性が窺えるのかもしれません。

 中巻の時点でラスボスクラスの敵を倒してしまったのでこれ以上お話が続くんだろうかと不安になったんですけれど、なんの問題もありませんでしたね。前巻が外側に存在する強大な敵と戦うお話なら、今巻は内側に存在する自分自身の在り方と向き合うお話です。自身の問題を解決してからラスボスを倒しに行くのではなく、ラスボスを倒した後で最後に残るのが自分自身との戦いだったというこの展開は面白いです。

 本作の登場人物は利益の争奪ではなく、思想闘争的な文脈で敵味方に分かれて争います。そういう面で、この作品はディスコミュニケーションを描いたお話なのでしょう。同じディスコミュニケーションを描いた作品でも、『ひぐらしのなく頃に』などとはその描き方が正反対に思えて興味深くありました。この点はもうちょっとまとめたいので、別の独立した記事で書こうと思います。