あるきこの話

あるきこの話。あるきこの家庭は貧しかった。中学生の頃から学校の許可を得てアルバイトをはじめ、学校とスーパーと家庭を往復する生活となる。放課後という同級生との交流の機会を失い、あるきこは学校でも言葉少なとなる。家庭やバイト先での会話はもとよりない。単調な日々はあるきこの時間感覚を狂わせる。毎日の営みは著しく現実感を失い、少し珍しい程度の出来事が強く印象に残る。近い過去と遠い昔の感覚があやふやになり、意識の連続性が不確かとなる。昨日と今日は正常に接続されているのか。自分の記憶は自分が経験したものか。先ほどまで自分は何をしていたか。今自分が見、聞き、触っているものは現実か。この不連続な断片があるきこの全てだったが、しかしあるきこの現実認識は誤っていたのだろうか? 否、あるきこだけが知っていた。この現実が断片的で辻褄の合わない細切れな瞬間の集積から作られているのだと、あるきこだけが正しく認識していたのだ。