奈須きのこvs竜騎士07、人間関係の「断絶」の正反対な描き方

 空の境界読んだ感想として。Fateとか月姫はよく知りません。

ひぐらしのなく頃に』と『空の境界』は両作とも人と人との「断絶」を描いているんですけれど、よく見てみるとその断絶の描き方が正反対であることがわかります。あくまで傾向、の話ではありますけれど、その違いを大雑把に箇条書きすると次のような感じになります。

空の境界

  • 会話は抽象的で曖昧だが容易に通じ、お互いの言わんとすることはすぐ理解できる
  • 思想のレベルで互いの価値観は相容れず、両者は対立する他ない

ひぐらしのなく頃に

  • 会話はなかなか通じず、すれ違いと誤解が重なってなかなかお互いを理解できない
  • 一度相手の本心を理解すれば、本質的に相容れないところはないことが分かり仲良くできる

 空の境界はある種の思想闘争が描かれた作品です。対立する者同士が交わす言葉は抽象的で、日常生活では使われない特殊な「文脈」に沿っています。でもこのやり取りには「格好良さ」も求められているので、キャラクターはいちいちお互いの認識の細かいすり合わせをしていくようなことはしません。そんなことしてたらテンポが悪くなってしまいますし、「高度な話をしている」という読者に対するハッタリの効果も薄れてしまうからです。

 だから基本的に、この作品のキャラクターは相手の言わんとする文脈を瞬時に汲み取ります。概念的で曖昧すぎる発言も、その裏の文脈まで的確に読み取って頷いてみせるというのが本作のコミュニケーションの基本なのです。その上で、相手の主張の意味を理屈としてよく理解した上で、「お前の価値観は受け入れられない」と断絶を突きつけるのが『空の境界』という作品です。*1


 一方で、ひぐらしはこの構図が正反対です。彼らはコミュニケーションの本当に初歩のレベルで相手の言わんとしていることを誤解して、関係の断絶に陥っていきます。だから本作では、一方的な思い込み、心のすれ違い、些細な勘違い、そういったところから発するディスコミュニケーションが執拗に描かれていきます。この段階を乗り越えることこそが、本作のテーマのひとつと言って差し支えありません。

 ただし、長い時間をかけて遂に腹を割った会話にこぎ着け、互いの本心をさらけ出したとき、彼らの間に横たわる断絶はほとんど解消されてしまいます。ずっと互いに抱き続けてきた不信感は見当違いなものであり、蓋を開けてみれば誰も皆同じ人間、分かり合えないことなど実は存在しなかった。そういった風にこの作品は作られているのです。


 このように、『空の境界』は人の文脈に依存する正確な情報伝達という問題に対してたいへん楽観的ですが、最終的な価値観の共有、需要に対してはシビアです。逆にひぐらしは正確な情報伝達を非常に困難なものとして描いていますが、その先の価値観レベルでの相互理解に関しては大甘な世界です。作家性ということなのかもしれませんけれど、こういう点を見るにつけやはり竜騎士さんと奈須さんは作風が正反対だなあと思います。そしてZUNさんのどちらに属するでもない超然とした立ち位置もまた同時に浮かび上がってきて、さすが神主さんは浮世離れしてるなあという感想を抱かずにはおれないのでした……。

*1:だからこそ、この「断絶」を乗り越えるためのお話に多くの項数が割かれたりもします。