中巻になっても事件の話を全然しない清涼院流水はやっぱりすごい - 『彩紋家事件II 白と夜』

彩紋家事件 (2) 白と夜 (講談社文庫)

 や……やられた……。この期に及んで、私はまだこの御大を甘くいていたようです……。

 ひとつ前の上巻では、ほとんど一冊まるまるを使って手品ショーの出し物ひとつひとつが丁寧に描写されていました。だから本題であるはずの「彩紋家事件」のそっちのけっぷりが凄まじかったんですけれど、まあどうせ流水さんのことだからこれ全部が事件への伏線だと言いたいのだろう。次巻からはいよいよ、手品のネタひとつひとつをトリックに据えたような大事件が展開されていくのだろう……と、私はそういう認識をしていました。

 甘かったです。もう全然甘かったです。

 上巻一冊がまるまる「観客の視点から眺める手品ショーの舞台」の描写に費やされていたとしたら、この中巻では「手品師の視点から見る手品ショーの舞台裏」の描写のためにまた一冊まるまるが費やされていました……。新章が始まってから三百ページもの間、語られるのはひたすら「手品の奥深さについて」。事件についてはやっぱりそっちのけで、最後の方で次巻への引きとしてようやく新しい動きが見られる程度です。

 いえまあ、さすがに次の下巻からは本格的に「彩紋家事件」が展開されるんでしょうけれど、上中下三分冊で事件がまともに動き出すのが下巻に入ってからというこの太っ腹っぷりはどうですか。今日びこういう本を毎度のように出させてもらえるっていうことそのものが、もう本当に贅沢なことだと思いますよ!

 そんななので「彩紋家事件」というひとつの作品としてどうか、という問題は微妙なところなんですけれど、ただ前巻で提示された手品に対してごく真っ当な「タネ」を明かしてきてくれたのは好印象でした。どうせこんなのできないんでしょ、タネを考えるつもりもなく書いた者勝ちだと思ってるんでしょ、という邪推は、この作品については的外れであったようです。