あるきこと経験直線

 無数の平行世界を彷徨い歩くあるきこには、一生に一度というアクシデントも平均化して感じられる。経験することに倦んでいるから、あるきこは滅多なことでは驚かない。けれど時々、ほんの偶然でいずれの平行世界でも経験したことのない出来事に出くわすことがある。そういう時、あるきこは些細なことでもたいそう動揺してしまう。
 その日、朝礼の後あるきこは携帯電話の紛失に気がついた。いつも仕舞っているはずのカバンをいくら探っても、あるべきものが見つからない。実のところこれはあるきこの勘違いで、その日はたまたま上着の胸ポケットに入れていただけであった。
 これまで経験してきた平行世界の中でたまたまずっと回避されてきた初めてのこの事態は、あるきこを恐慌状態に陥らせた。ど、どどどどどうしようと一見理由もなく動揺しまくるあるきこ。クラスメイトに突然のパニックっぷりを見せつけた後、混乱しきったあるきこは震えた手で胸ポケットの携帯電話をひっつかみ、必死で母に電話を入れた。
「おおお、お母さんどうしよう、携帯どっかいっちゃった……!」
 あんた電話どこから掛けてんの、という母の言葉は、逆にますますあるきこを混乱させてしまうのだった。