全描写が伏線のWeb漫画、 『胎界主』 が凄い、本当に凄い



胎界主



 この漫画が、本当に凄いのです。

 無料で読めるWeb漫画です。だから「ネットでお金も払わずにこんな面白い漫画が読めるなんて、今はいい時代だなあ」なんて思いながら読み始めました。でも、十話も読み進めると、そんな条件付きの感想はどっかに吹き飛びました。「こんな凄い漫画が読めるなんて、本当に嬉しい」 後半は、そんな感慨を抱きながらの一気読みでした。

 一級のストーリー漫画だと思います。独自の宇宙法則/世界構造とか、派閥抗争に知謀を巡らす悪魔とか、腕力ないけど瞬時の状況対策が凄い主人公とかの話です。主人公は、人嫌いだけど人助けして金銭を巻き上げる、ブラックジャックが何でも屋に鞍替えしたみたいな男です。

 とりあえず第一話を読んでみます。一読して、わけの分からない作品です。わけが分からないけど、にも関わらず明らかな魅力があります。だから、再読します。再読するとちょっと分かるのですが、やっぱり全容は掴めません*1。でもやっぱり面白い気がするので、分からないなりに第二話、第三話と進みます。やっぱりよく分からない、そしてやっぱり面白い。

 どんどん読み進めるうちに、ちょっと気になるところがあって前の話を読み返します。すると、見えるわ見えるわ沢山の伏線が。あれはこれか、これはあれか! 宙ぶらりんだった要素要素が頭の中で結びつき、頭の中に作品世界が立ち上がっていく快感です。

 普通、伏線とは、それを他の部分よりも少しだけ印象的に/奇妙に描いて、読者の心に予め引っかけておくことで機能します。けれど、なにせ本作の世界観*2は独特すぎます。全編が濃密な描写に満ち溢れ、全ての要素が伏線になりえてしまう*3。それが『胎界主』という作品です。

 登場人物の言動ひとつをとっても、この性質はよく表れています。主人公をはじめ本作の登場人物は変人揃いで、一見すると奇矯に思えるような言動には枚挙にいとまがありません。そのヘンテコな言動自体が作品の魅力になっていることもあり、初読時は「変な漫画だから、彼らの変な言動もそういう作風の内なんだろう」という理解にとどまります。

 ところが、一通りキャラクターの内情や世界背景などの前提を把握してから読み直すと、ヘンテコに見えた彼らの言動が実は「一貫した行動原理に基づいている」ことがわかります。支離滅裂な変人に見える主人公の言動は、実は複雑な精神構造に基づいています。思わせぶりで何がやりたいのかよく分からん悪魔たちは、実は隠蔽されたシビアな利害関係の中で常に計算尽くの行動をとっています。

 だから、本作は「伏線を個々に配置している」というよりも、「背景に隠されたメカニズムに基づいて描写の一つ一つを構築している」と言った方がいいのかもしれません。そして、これらの描写は単に伏線として機能するだけではなく、神秘的/心理的/物語的な様々な示唆をも秘めています。逆に、そういった示唆が幾重にも積み重ねられているからこそ、表現のひとつひとつが"意図せずに埋め込まれた伏線"として自ずと機能してしまうのだ、と見ることもできるでしょう。

 『胎界主』は非常に奇妙な作品ですが、同時にバトル漫画であり、もっとマクロな戦略レベルの闘争を描く作品でもあります。「あらゆる描写が伏線たりえる」という特徴は、本作のそういった側面にも大きく寄与しています。この辺の感覚は「常に読者の思考よりも先を行った戦い」と言えるもので、むりやり似たものを探すなら『DEATH NOTE』とか『HUNTER×HUNTER』の知略戦を例に挙げることができるでしょうか。

 とにかく、凄い作品です。だから個々に注目してる人はいるようなのですが、まだそれほど認知度の高い作品でもないようです。こんな記事を書いたことのある手前、名が広まることがその作品にとって一概に良いことであるとは思いません*4。それにしたって、本作はもっと沢山の人に読まれていい、読まれないのは勿体ない作品だと思うのです。

 「面白いWeb漫画があるよ」ではなく、「『胎界主』という凄い漫画がある」という気持ちを込めて、この紹介文を書きます。連載の進度はちょうど第一部の完結が目前というところなので、読み始めるにはちょうどいいタイミングでしょう。とにかく積極的な読解を要する作品なので、「ぱっと読んで気軽に楽しむ」のには向かないでしょう。そのぶん、気合いを入れて読むに値する、非常に骨太な作品でもあります。そういう「読み応えのある漫画」を求めている人は、迷わず『胎界主』を読めばいいと思います。



胎界主

*1:正直、最初の数話で諦めちゃう人が多いのかなとも思います。私も、「分からないなりに先を読み進めよう」とするまで一年以上かかりましたし……。

*2:単に世界設定という意味のみならず、原義としての「世界の観え方」も含め。

*3:これはジーン・ウルフさんとかウエダハジメさんの作品にも言える特徴だと思います。

*4:特に個人制作の作品にとって。