TRY THE PUNGEON!!!!!!!!!!!!!!!
セラティスは土を触る手を休め、花園の中心で天に向かって背伸びした。世界中の辺境から集めてきた千種万種の花々は、彼女の心尽くしの手入れに応えるよう、鮮やかに咲き乱れている。静かな風に流されて、全ての花びらがいっせいに揺れ動いた。変わりえぬ陽の光は、花園をずっと温かく照らし続けている。
遠くから、少年と少女の歩いてくる姿が見えた。少年は銀髪、少女は金髪。アルセスとキュトスだった。二人は中睦まじく手など繋ぎながら、翳りない微笑みを交わし合っている。やがて二人は花園のセラティスに気付き、手を振って挨拶を送った。
しばらく愛でるように花々を眺めた後、二人は互いに寄り添いながら去っていった。あのまま歩いていけば、やがてラヴァエヤナの図書館に辿り着く。そこで二人は、またいつも通りマイス茶でもご馳走になるのだろう。花園の側を通って図書館へと至る道は、あの恋人たちが散歩するお決まりのルートだった。
セラティスはまた花園の手入れに戻った。ここに花を食う虫はいないし、茎を痛める病気も存在しない。それでも彼女の手入れの如何によって、園の美しさはいっそう引き立てられるのだ。
園の手入れを頑張れば、ドルネスタンルフはきっと喜んでくれるだろう。アルセスやキュトスはもちろん、いっけん興味なさそうにしているシャルマキヒュやピュクティエトだって、実はこの場所を悪しからず思っている。ラヴァエヤナから聞かされて、セラティスはそのことを知っていた。
もう何日も園の手入れにかかりきりだったが、何も悪いことはない。その気になれば、いつまでだってここで遊んでいることができるのだ。仲間の中でもっとも幼いセラティスだから、そのくらいのことは許される。花園のあるこの土地は、神々の暮らす楽園だ。そこで営む穏やかな日々の連なりは、いつまでも変わることなどありえないのだ……。
* * *
流入する並行世界の記憶の中で、セラティスは確かにそれを見た。
最も新しい世代のパンゲオンが目を覚まし、アカシックレコードの中に眠っていたデータが解放されたのだ。世界は古いパンゲオンの死によって生成され、次代のパンゲオンの覚醒によって上書き更新されてきた。世界の誕生と終焉は、いったい何度繰り返されたのだろう。幾万回とも、幾億回とも。現世を生きるセラティスに、それを知る術はない。
上書きされた世界はもうどこにも存在しないが、アカシックレコードの中にだけはその記録が残されていた。全時空の全情報、そこには未来の事象までもが保存されている。パンゲオンの覚醒は、そのデータを一時的に現象界に流出させる次元震を引き起こすのだ。
解放されたアカシックレコードの情報が、セラティスの中を駆け巡っていた。彼女は知る。今日と同じように、自分は数多の並行世界でパンゲオンに立ち向かっていたことを。その戦いは絶望的な結果に占められていた。全霊を攻性に転化した彼女において装甲は紙となり、一度の被弾で全てが終わる。パンゲオンの喉元にまで喰らいつきながら、数え切れないほどの世界でセラティスは散っていた。
無数の終わる世界の中に紛れて、しかしセラティスはそれを見た。並立する可能性世界のどこかには、たしかに自分の求める世界が存在するのだ。その世界のアルセスは闇を知らない純朴な少年で、キュトスはいつまでも彼の隣で笑っている。ラヴァエヤナは好きなだけ図書館に籠もることができるし、ドルネスタンルフはいつもセラティスの遊び相手をしてくれる。シャルマキヒュやピュクティエトの腕は、もう血に濡れてはいなかった。セラティスの園は死者の墓標となることなく、無数の花を育んでいた。
たしかに存在する世界、ならば自分もそれを目指せる。もうセラティスに躊躇はなかった。パンゲオンは今にも世界を更新し、死者たちの生きた証全てと、生者たちの未来全てを無に帰そうとしている。宙を覆いつくす巨体をもって咆哮を響かせるその無限頭竜に、彼女は自らの抱く全霊を照準する。
セラティスは今こそ飛んだ。光速の時空を翔け抜けて、幾多の平行世界層を突き破る。天地開闢獣にゲルシェネスナを突き立てるのは、世界の更新を止めるため。この瞬間に立ち向かうため、生を受けてからの全ての時間を費やしたのだ。
月に佇むパンゲオンまでの光年には、次元震によって召喚された妨害者どもが立ちはだかる。4兆体の精霊と76億柱の神々、11万5375柱の紀なる者たちと3000世界の自分自身。あれらが放つ8垓3757京2615兆9742億0784万6573の敵意の全てをかいくぐり、世界を滅ぼす天地開闢獣にこの槍を突き立てるのだ。オーヴァドライヴ。主観時間と演算能力を721万6304倍に加速させ、セラティスは月に渦巻く最後の死地へ飛び込んだ。