『HEARTBEAT』

HEARTBEAT (ミステリ・フロンティア)

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「10年後に一億円を渡す」という同級生との奇妙な約束、ニューヨークでの地下生活によって失われた数年の空白、等、一人称視点の語り手である主人公自身の「謎」が物語を引っ張るという構図。思わせぶりな謎の牽引力はなかなかですけど、それらの情報はわりと線形的に「説明」されていくので、ミステリー的なカタルシスを物すものではなさそう。ミステリ・フロンティアという版元を考えると、そっち方面の趣向はかなり薄味で、オビの惹句通り「清新な青春小説」として読むのがよさげ。

「いい話だった」と言い切れる作品であり、読後感の悪さなどとは無縁。その辺の感覚は、もう一人のMYSCON10ゲストだった湊かなえさんとは対称的です。無害といえば、確かにそう。けれどストレートに陽性に始まって陽性に終わるというものでもなく、登場人物たちはみんな寂しげな翳りを帯びています。何かの欠けた人たちが相互の救済によって最終的には自律*1にも至る、という。

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 一億円の出所が最後まで明かされず、話の中でもなかば無視されてきたり、ラストにおける悪者との対決や彼らを懲らしめるシーンを一切省いたり、物語のコアと関係ない部分のカタルシスをバッサリ切れる人なんだだなあと。そのへんに由来する過剰なあっさり感が終盤にはあって、量的な物足りなさを感じないでもないんですが、物語的にはこっちの方が断然綺麗。躊躇なくスリムなお話を書ける人、という印象です。

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 MYSCONのインタビューでは、コアなアイデアを思いつくのと同時に作品の全体像が全て浮かんで、すぐさま書きはじめることができたということを仰っていました。また、ラストのオチに関しては、当初そのネタを意識しないまま書き進めており、途中ではたと気づいて読み返したら「無意識にその伏線を張っていた」とか。けっこう自動書記的というか、シャーマン的なレイヤでお話を作る人なのかなと思いました。

*1:あえてこの字を使う。