"異形"なミステリーがまたひとつ - 古野まほろ『天帝のはしたなき果実』

天帝のはしたなき果実 (講談社ノベルス)

 異形というのはまだ上品な形容で、人によって汚物って言ったりもするかなり酷い作品であるわけですが。

 本作には上記記事でもスペースを取って触れているので、併せてどうぞ。

語り

 いえ、すっごい好きなんですけどね。美文ではないし、悪文ですらあるかもしれないし、読んでるだけでストレスどんどん溜まるんですけど、「下手なだけ」とは言いたくない。MYSCON読書会の課題本で時間がなかったとはいえ、普通のライトノベル300ページ読むのに一週間かかる*1今の私がノベルス800ページの本作を平日の四日で一気に読めたのも、この"興味深い"語りのおかげでした。

 地の文も含め、極めて口語的なので、一文一文の区切れ、文法構造がたいへん分かりにくいようなところがありました。論理的な意味が取りづらいという。そのため、文章全体が混ざり合って流れのように"うねり"、それこそ音楽のような距離感で通過していくものという感覚で読みました。


 参考文献リストに素人くさい「入門よみもの」をいくつも載せてるのも、なんかのネタとしか思えないというのが正直なところ。『ハロー! バンドの仲間たち 吹奏楽入門』なんて入門書を本当に「入門書」として参考にしたような人間が、本作の活気ある学生音楽風景を描写できたとはちょっと思えません。逆にもし付け焼き刃の知識であれを書いたんだとすれば、それもまあちょっと尋常じゃない「知ったかぶり」っぷりであり、そこまで知ったかぶって読者を騙せる*2のなら既に強力な才能だなあ……と。

キャラクター

 キャラクターが見分けられないという意見をちらほら見かけて、これがちょっと意外でした。読んでから数週間空いちゃいましたが、彼らの人格は今でもソラで列挙できるくらいよく覚えています。実にキャラクター小説的に書き分けられていて、どうして次作にこのメンバーを出さないんだろうと訝ってしまうくらい。ややこしい推理の列挙をすんなり理解できる人が、キャラクターを覚えられない……というのは読み方の重心の置き方に差があるのかなあとか。

 さすがに最初のシーンで部員+生徒会長+先生の十人が一気に出てきた時は戸惑いましたが、多くの部員には一人一章ずつ対応した紹介シーンがあり、それが描かれた後ははっきり個体認識することができました。もしかしたら最初の登場シーンを指しての「見分けられない」という感想なのかもしれませんが、だとしたらそれは作者の演出通りの反応であるとも思います。

 まず最初にわけの分からない光景を列挙して、未分化な情報の海に読者を放り込む。その後読み進めていくうちに情報は整理され、読者は少しずつ頭の霧が晴れるように状況を理解していく。そういう「理解できないもの」をまず見せつけるという作者のやり方は「解釈しづらい文体」と併せて作品の雰囲気を形作っていて、(一般性はともかく)ひとつの作風を打ち立てていると感じられました。

推理

 ミステリー読みのえらい人たちが、嫌ーな顔しつつも何かしらの特筆はしてる感じ。私自身はミステリーの素地が足りないので有意な評価ができないですけど、なにかしら凄いもの読んだなーという感覚はありました。

 裏付けのない推理で友人を糾弾するのは「仮説」の話だからいいとして、どの探偵もなぜか(裏付けなのない)自説をすっかり信じている……という「検証」の発想を度外視した光景が相変わらず違和感ではあります。でもこれについては別に本作特有のものではなく、むしろ従来的なジャンルミステリーでお馴染みの違和感です。こういう流れも、そろそろ「お約束」として見られるようになってきたかな……と。

 真の最終章がまあ無茶苦茶なわけですが、最終章の手前で断絶を挿入して、はっきり「境界」を置くというやり方は好ましいなと。推理パート4章と5章のみの閉じた世界として作品を見れば、それだけで推理ものとして建前上は完結しているという。たぶん前例は既にあるのでしょうし、そういうのあったらいいなとも思ってたので、実装したらこうなるのかーというのを見られたのは新鮮でした。逆に、やりようによってもっと上手くできそうだなーとも。

最終章

 展開から黒幕から、当然こうなりますよね−という予定調和に収まりました。前半あれだけの伏線とか趣味とか詰め込んでいたので、「こういうのやりたいんだろうなー」というのは伝わりすぎるほど伝わっていて、まさにストライクな位置に突っ込んでいってくれた感じ。ちょっとミもフタもなかったので、構造としてもっとねじくれた作り込みをしくれてた方が好みだったかな……とは思いましたが。

 自分には価値がない、どうして価値ある人たちが死んでいって無価値な僕などが生きているんだ、とか徹底的に自己卑下を繰り返すくせに、その「価値ある人」を自分の感情に従ってあっさり切り捨てて顧みない人物像というね。そこまでは西尾さんちのいーちゃんと重なるところが多い精神性だなーと思ってましたが、最後の段になってその先を行っちゃった感じ。一貫した精神性があってああいう行動になったのか、行動が先にあってそういう精神性を幻視しちゃっただけなのかこの時点では判断できませんが、とにかく追いかけたいなーと思う作品がひとつ増えたのでした。……あんなに分厚くさえなければ!

*1:これ http://d.hatena.ne.jp/Erlkonig/20090201/1233481033

*2:とか書いてみるものの、騙されてるのは私一人かもしれない……。