『幽式』

幽式 (ガガガ文庫)

 雰囲気不条理なホラーベースでやや異能っ気ありの抑えめ青春エンターテインメント主人公常識人かつ多少妄想型スケベ、ヒロインは嘔吐系不思議無口。くらいに言えば本作の表面的な性質は網羅できるでしょうか。イラストがいわゆる"ラノベっぽくない"画風なので、本作の狙いがどういうところにあるか何となく推し量れようというのもです。

 何か聞き慣れない興味深いところに言及してるなーと思って耳を澄ませてたらいきなり身も蓋もないのスケベ独白が割り込んできたり、妙に学園異能的なケレン味のある用語が出てきたり。もう少しで「何か底知れぬもの」への一線を越えようかというところで、ラノベ文脈のお約束に引き戻される感があります。彼岸と此岸の文脈の間を行ったり来たりで揺り動いていて、バランスの不安定さは感じました。

"聞き慣れない興味深いところ"という視点からいちばん特筆すべく感じたのは、やはり「不条理ホラー」の部分です。中盤、忌み語の展開に入ったあたり、窓の外にいきなり正体不明の女性が立っているとか、そういう名状しがたいわけの分からない感覚を描くことについて一定の成功を収めた作品と言えるでしょう。

 この「わけ分からない」感は終盤、主人公の親友による事実の開示や、"わけの分からないものに名前を与える"「式づけ」なる行為によって払拭されます。*1 不条理が消え去ることで、本作がホラーの文脈から逸脱してしまったことを惜しいとすることもできます。ただ本作はテーマ的に「ヒロインに連れられてあっちに行ってしまう」お話ではなく「ヒロインをこっちに連れ戻す」お話なので、最終的にホラーと異なる地点に着地してしまうのは正しいと言えば正しいのかな、と思います。

 それはそうと、プロローグとエピローグの記述に食い違いが見られるのが気になります。ホラー文脈を放棄して"丸く収まった"ように見える本作ですけれど、このプロローグとエピローグの矛盾が一箇所無視できない穴を穿っています。

 素直に考えるなら、エピローグでは本作の続編以降の物語について言及されていると受け取ることができるでしょう。ただしそこでは、本作単体で見た「ヒロインをこっちに連れ戻す」結末とは逆の結果が示唆されています。この不可解こそ本作に最後に残された不条理で、ここまで含めて考えればこの作品はたしかにホラーとしての体裁も保っているんだなあと思いました。

*1:前者はミステリー的、後者はやや異能的な文脈での解決ですね。