読書眼たる武器を増やすということ - 平野啓一郎『小説の読み方』

小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書)

 小説を読む際の着眼をどのように置くか。そのパターンを多く持っているほど、たくさんの「武器」に習熟した人だと言えるでしょう。

 豊穣な解釈のポテンシャルを秘めた作品であっても、対応する「武器」の用意が読む側になければ、「つまらない」か「分からない」くらいの感想しか出てきません。ある種の作品に対して恐ろしく深遠な読みのできる人が、別種の作品に対しては驚くほど浅薄な紋切り型の解釈しかできない、という例が少なからず見受けられるのは、その人が操れる「武器」の種類に偏りがあるからだと思います。

「武器」の扱い方は自分で編み出すこともできるし、他人の話を聞いていくことで習得することもできます。自分の持てる「武器」をいくつも組み合わせ、状況に応じたふさわしい「読み」をひとつひとつの作品に対してカスタマイズできるようになること。理想的な「読者像」*1のひとつとして、そんな姿がイメージできます。

 そういう「武器」を増やすため、または普段でたらめにぶっ放している「武器」の適性を整理して把握するため、本書は一定の価値のあるご本だと思います。本書の「基礎編」で紹介されている読み方は基本的に目新しいものではなく、多くの人が無意識に行っていることではあります。それでも、それをちゃんと分析的/意識的に運用すれば、これだけ詳細な読み方ができるのだ、というのが「応用編」で具体的に例示されています。

 もちろん、著者自身の読みの「傾向」も本書によく表れていて、平野啓一郎という作家の読書/執筆スタイルの片鱗を覗けるものにもなっています。「応用編」で一作あたりに割かれる解釈の分量がそれほど多くもないので、物足りなく感じる向きもありそうですけど、平野さん自身に注目するならまずまず興味深いファンブックであると言えそうです。

*1:もちろん、逆に一種類の武器だけを丹念に磨き続けるような理想像もあるでしょうけど。