書なる書

の転載。

 ここに有限の文字列があり、それはある種の物語の体裁をなしていた。三千世界を経た庭師の娘が終末を齎す神に挑み、そして敗北するという他愛のない話である。この文字列には、それ以外にもういくつかの性質がある。この文字列は、自分自身を暗号鍵とし、それを用いた復号操作を自分自身に施すことによって、全く異なる別の物語を生成するように設計されていた。そうして生成されるのは、たとえば運命的な力によって永遠に引き離された少年と少女の物語であったり、世界を我がものにしたつもりで世界から切り離された神のごとき娘の物語であったり、父神の降臨を待ち焦がれ祈りを捧げ続けていた娘が遂にその神によって贄と饗される物語であったりした。それらはまた物語であるばかりではなく、辞典であり、教典であり、学術書であり、批評書であり、遺書であり、また偽書であった。これらあり得ることとあり得ざることの全てを含んだ一連の書物はとある図書館に収められ、取るに足らないその世界が滅んだ後も情報のみが数理上に漂い続けた。いつの世界系でか再び書物の形で再構成されたこれらのものを、我々は書なる書と呼ぶ。