『クレィドゥ・ザ・スカイ』

クレィドゥ・ザ・スカイ―Cradle the Sky (中公文庫)

 これまでの巻にも増して、茫洋とした感覚に包まれた一冊。主人公は自分が誰だか分かっていないし、現実の中に幻を目撃するし、なによりまともな記憶を持っていません。そして、繊細な筆致と意図された情報制御によって、読者もまた主人公に近い意識状態にシンクロさせられていくのが興味深いところです。

 読者には主人公が誰かという情報が与えられませんし、現実と幻想の境界も曖昧です。プロットよりも印象が強く心に残る作品ですから、過去作品の「出来事」すらも霞がかったようにぼんやりとしか思い出せないかもしれません。

 時系列としては最後にあたる『スカイ・クロラ』がシリーズ第一巻として出版されたということもあり、読者の頭の中には過去と未来までもが混在しています。それらの記憶は不連続な断片で、どうにも「ひと続きの物語」という体裁をとってくれません。過去も未来も渾然として確固とせず、意識だけが目の前にあるという感覚。キルドレの意識のありかたもこういうのに近いんだろうなー、ということを、読みながらずっと思っていました。