『鉄球王エミリー 鉄球姫エミリー第五幕』
友桐夏さん以来、実に数年ぶりに「この人の作品は追いかけよう」と思うことのできたライトノベル新人作家さん。そのデビュー作シリーズの、見事な完結編でありました。
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ライトノベルの戦記ものはなかなか数が少なくて、たとえ戦争が起きても「メインキャラクター同士の決闘」だけを描写して勝敗に直結させてしまうことが多いです。その点で本作は「無数の兵と兵が戦う戦争」という点をきっちり描いていて、なおかつそこに「大甲冑」というファンタジー要素を盛り込むことにも成功しています。そのあたりの面白さについては、前巻の感想でも書きました。
今巻では、中盤の戦闘で少々無茶な作戦が出てきますけど、これもあくまで戦記ものの文脈の上に乗せられたものです。その文脈に根ざした上で、"ライトノベルの文脈だから許される荒唐無稽な作戦"という方向にも舵を切る。「ライトノベルで戦記をやる」というのを、正しい形で実現してるなと思いました。
勿論ラスボスがいるので、最後の最後は個人対個人の戦いになります。でも、その決戦まで持ち込むためにまず無数の兵がぶつかり合い、なんとかして道をこじあけるという流れまで含めて、はじめてひとつの戦いが成立しています。最後まで骨太で、納得のいく展開でした。
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主人公格の二人は前巻でほぼ成長が完成したので、今巻はその確認と実現のための戦いという感じでした。なので主人公の心理面でのカタルシスはさほどでもありません。でも今回はサブキャラ連中が立ち替わり現れては視点人物となって心情を吐露していくので、彼らの言葉のひとつひとつがまた印象に残りました。ずっと道化に徹してきたヘーゼルの人がようやく見せた本心とか、たいへん好みなところでありました。
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ひとつのシリーズを完結させる力量まで見届けて、八薙さんが間違いなく力のある作家さんであることが確認できました。次の作品は現代物らしいので、戦記的な趣向はなくなってしまいそうですけれど、何にしてもこの"重量"をまた味わえるのは間違いないでしょう。
現代という世界設定では、あんまり大量の人死にを出すのも難しいと思います。でも八薙さんは「人が死んだ」という事実を利用して事態の重さを演出するのではなく、事態の重さ自体を描写することの必然として人の死を書かざるをえなくなる種の作家だと思っています。「人が死なないから物足りない」みたいな表層のところで判断をする必要はないはずで、そういう悪趣味は抜きにして、とにかく骨太の作品をまた読みたいという思いでいます。