"開かれた"クローズドサークル - 有栖川有栖『月光ゲーム』

月光ゲーム―Yの悲劇'88 (創元推理文庫)

 新本格まわりの話題は常時というくらいよく耳にするのですが、実際に読んでる作品はほとんどない、という耳年増状態から脱却するために、まず基本から。

 登山してテント貼ってたら火山が爆発して帰れなくなっちゃった、という天然のクローズドサークル。嵐の山荘とかではなく本当に剥き出しの「山そのもの」が舞台の、あまりにも"開かれた"クローズドサークル設定が面白いです。

 みんなそこらへんにテント張って眠ってるし、好き勝手に散歩も行くしトイレも行く、という状況。地形や他人の監視による制限をかいくぐって、不可能に思える犯罪をいかにして遂行するか……というパターンが本格推理の一種の王道だと思うのですが、本作は状況が全く逆。大幅に行動の自由が利く状況で、わずかに生じる制限情報をつなぎ合わせていくことによって犯人を推理する。こちらの方が状況はシンプルになるので、意外と本格推理向きの舞台設定なのかもです。

 探偵・江神二郎さんは、ちょっと実際にはいなさそうなくらいよくできた「人格者」という感じ。ただそれを差し引いても、自分の探偵力を嵩にかけて上から目線で得意げに犯人の心理を暴き立てたりしない姿勢がすごく格好いいです。事件解決にかこつけて、別に放っといてもいい他人の私的内面までずけずけ暴いて悦に浸る、そういう悪しき探偵を指して「知的強姦者」と言った人がいますが、そんな精神性とはかなり遠いところにいる探偵でした。キャラクターとして特に目立ったところがあるわけではないのですが、推理小説は探偵の推理作法によって大部分を規定されるわけで、そのスタイルを含めて魅力的な作品でありました。