『銀河英雄伝説(1)(2)』

銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)
銀河英雄伝説〈2〉野望篇 (創元SF文庫)

 人に作品を勧める者は、自分も作品を勧められる覚悟を持たねばならない

 いつだったか、id:sindenの人に「うみねこみたいな長ったらしいゲームを人に勧めまくっているのだから、あなたも銀河英雄伝説を読むべきだ」的なことを言われました。ひとッ言も反論できなかったので、大人しく読み始めましたよ銀英伝

 さすが30年前から語り継がれる名作。怜悧な野心を秘めた天才の将、ラインハルト・フォン・ローエングラムをかかえる銀河帝国と、それ以上に天才的な用兵の才を持つ小市民的軍人、ヤン・ウェンリーを有する自由惑星同盟。銀河の覇権を決すため、二人の天才が戦火を交える的なお話。おもしろいおもしろい。

 この30年間、散々語り尽くされた作品です。今さら私が付け加えられるようなことが、たとえ隅っこたりとも残っていようはずもなく、ただおもしろいおもしろいと貪り読むだけ。これくらい有名な作品になると、感想書くのもいっそ気楽でいいですね。

 というわけで先人の二番煎じは承知なのですが、防備録的にいくつか書き留めてはおきます。

実はわりと易しい内容

 作中で描かれる大胆な戦争描写に、読んでる間は「すごー」の一言。なのですが、でもよく考えてみると、そんな高度で複雑な軍事行動が描かれているわけでもないんですよね。

 どのタイミングで進むか、退くか。相手の裏をかいてどう動くか。言葉にすると実に単純で、何千万人単位の兵たちが織りなす戦闘の機微を些細隅々まで描いている、という風ではありません。遠未来の宇宙戦争ということで、厳密な軍事考証ができるはずもなく、言ってみれば"書きようによってどにでもなる"お話。大枠だけ書いて読者が勝手に細部までイメージできるよう。うまくハッタリが利いているということなのでしょう。

 だから本作は、ちょっと小利口な中高生でも十分に理解できるくらい、一般性の高い内容になっています。長年に渡って語り継がれてきた要因のひとつは、まずここにあるでしょう。でも、だからといって「子供騙し」の作品というわけでもありません。戦争を進めるための戦略的駆け引きの「きほん」は、この中に十分詰まっています。複雑な知識量よりも、シンプルな駆け引きで勝負する。それが本作の刺激的なところなのでしょう。

天才を書くのが巧い

 ラインハルトの人といいヤンの人といい、天才の描写が巧いです。といっても、田中さん自身はたぶん天才なんかではないのでしょう。作中の「天才」たちが提示する作戦も、それ自体をロジックとしてだけ抜き出すと、決して難解ではないし意外すぎもしない、ごくごくシンプルなものです。でも、それを物語の中に落とし込むことによって、彼らが「天才である」ように見せる。その演出力が、抜群に巧い人なのだと思います。

 もうひとつ、ラインハルトやヤンがずば抜けた天才に見える理由としては、「その他大勢」の権力者たちがあまりにも無能に描かれていることが関係あるでしょう。彼らときたら、「既得権益」や「老害」の象徴と言わんばかり、徹底的にこき下ろされる形で描写されていて、これなら今の日本の政治家の方がまだ有能と思えるほどです。右も左も牟田口廉也! みたいな。

 いくら腑抜けた時代でも、ここまで酷くはならないだろう……とは思うのですが、高慢ちきな既得権益者どもが次々とアホやって惨めったらしく自滅していく死に様には、庶民ごころを刺激するなんとも言えない爽快さがあります。まんまルサンチマン根性なのであまり行儀のいいものでもないのですが、こういうところでもしっかりエンターテイメントに貢献しているのは流石さすがと思うのでした。