わーい小林泰三さんがSF長編書いたよー! - 『天獄と地国』

天獄と地国 (ハヤカワ文庫JA)

『ΑΩ』以来約10年ぶりに、小林さんがド直球の本格SF長編を書いてくれました! なんて言ってしまうと、他にも『ネフィリム*1とかあるじゃないかと怒られそうですが……。ただ『ネフィリム*2が特撮パロディ的なB級ホラーバトルを指向してるっぽいのに対して、本作は最初から世界設定のアイデア優先で作っていったということで、何書いてもSFになっちゃう小林さんの作品の中でも特にSF指向の強い作品になっているのです。

 基本としてあるのは、短編集『海を見る人』収録の「天獄と地国」で描かれたアイデア。大地としての地球が存在せず、「大地が上にあって空は下にある」とか「重力は地面と反対方向に向かって働く」とか、根本的な常識をリセットしたところから世界が構成されています。また「空に落下した資源はそのままどこまでも落ちていくので二度と回収できない」ため、きわめて逼迫したエネルギー事情が生じており、単なる奇妙な物理法則にとどまらない架空の社会情勢が描き出されています。

 この通り、本作は社会に関する思考実験の比重がやや大きめになっているので、基本的には人間と異形の戦いだった『ΑΩ』とは少し毛色の違った*3要素があります。一方、お話の本筋は流れ者の主人公たちがロストテクノロジーを拾っちゃってさあ大変、という感じでなので、SFホラーというには賑やかすぎる冒険活劇的なところもあります。『ΑΩ』のウルトラマンほど直接的なパロディ要素はありませんが、ロストテクノロジー同士がぶつかり合う中盤の展開は「どこのロボットアニメ*4やねん」という感じで、相変わらず小林さんは自分の趣味を隠そうともしていません。いいですよもっとやれ。

 えげつないエネルギー事情のため、生きるためならなりふり構わないサバイバーな主人公グループなのですが、そのわりに根底にある倫理観はしごく真っ当なのが意外でした。明らかに敵意を持ってる相手ともいちおう対話の道を探ったり、民間人からの略奪は嫌だなあとか言ってみたり。そりゃ当たり前の話ではあるんですけど、世界情勢のシビアさを考えるとかなり理性的・良心的な人物造型ではあります。小林さんって短編ではひたすら頭おかしい人間を書いてるのでちょっと意外に思ったのですが、考えてみれば彼は人間の理性や科学的思考を肯定的に描いてきた人でもありました。理性と倫理がバランスよく調和したところに一抹の冒険心をしみ込ませたような主人公の人間像は、たしかに小林さんの一側面ではある気がします。まあ汚物まみれなんですけど。

 珍しいといえば、本作では一般的な政治形態に言及するエピソードもありました。「独裁暴政から脱するために革命したけ、ど今民主化したら一瞬でポピュリストが政権乗っ取って酷いことになるだろうから、民度が上がるまでしばらく独裁良政やるしかないよね、うん」みたいなミもフタもない話で、これは聞く人が聞いたら絶対怒り出すでー(白目)っと半笑いにならざるをえないところでした。とはいえ、寓話っぽく、あるいは抽象モデルっぽく、あえて状況を単純化した語り口は思考実験的で面白くもあります。政治ロマンというか、現実に適用したら絶対酷いことになるだろうと推測がつくからこそ、単純化したフィクションの中でその願望を充足するような楽しみ方は、けっこう色んな作品で散見されます。それを小林さんが書くとこうなるのかー、というのは新鮮なところでした。

*1:『人造救世主』もあるけど積読

*2:や多分人造救世主も。

*3:短編なら、架空社会について思考実験する類の作品も小林さんはけっこうたくさん書かれてるんですけれど。

*4:ただし内蔵どろぐちょ。