感想を書きたくなくなる小説 - 佐藤亜紀『ミノタウロス』

ミノタウロス (講談社文庫)

 あうああ。ものすごい密度の小説を読んでしまいました。読み終わってから確認したらたったの400ページだったんですけれど、もっと長い時間どっぷり浸かり込んでいた感覚があります。読むことが体験になる類の小説ですね。

「自分に理解できるフォーマットから外れている」類の理由で感想の成文化が難しい作品はけっこうあるのですが、本作は特にその性質が強かったです。いつもなら、それでもなんとか言葉をひねり出そうとがんばるのですが、本作ではそういう気も起きません。というか、積極的に「これ感想書きたくないなあ」とすら思います。

 感想でも評論でもいいのですが、作品を自分の理解できる形に「解釈」すること自体が作品を貶め歪めている、って発想ありますよね。本作読んでて、その問題を特に強く意識しました。ちょっと頭をひねればそこに「意味」を見い出すことはできるんですが、そんな風に安易な意味づけをしちゃっていいんだろうか? と不安になります。たいていの作品なら、特定の意味に自然と辿り着けるよう誘導してくれているので、ある程度安心して受け取ることができるのですが、本作にはそういう誘導が感じられません。そうやって「意味」や「物語」に落とし込まれることを、作品自体が拒絶しているような気がするのです。

 安易に作家の発言を持ってくるのはチョンボかとは思いますが、作者の佐藤亜紀さん自身、Twitter*1とかでときどき物語が嫌いだ的な趣旨の発言をされていました。本作を「物語」として読み解こうという気になれなかったのは、そんな問題意識が頭の中に引っかかっていたせいもあります。「読んだこと」それ自体をひとつの体験として、心の中の大事に残しておくのがいいのかな、という風に今では考えています。

*1:もうやめられちゃいましたが