倉橋由美子『よもつひらさか往還』
薦められて読んだ短編集。いわゆる高等遊民らしい主人公の青年が、馴染みの怪しいバーテンダー・九鬼老人の作る魔酒めいたカクテルによって幻想的な体験をするお話。外から連れてきたり幻想世界で出逢ったりして、毎回異なる女性が登場してキーとなるのも特徴。
まず一話目の「花の雪散る里」を読んで、きれいで幻想的なお話を書く人なのかな、と思いました。その印象はたしかに間違いではないのですが、いくつか話を読み進めているうち、重要な側面を見落としていたらしいことにも気が付きます。よもつひらさか、とタイトルに冠しているだけあって、毎回代わる代わる登場する様々な幻想世界は、実はどれも死の艶美な匂いを秘めているのでした。その死の匂いは、幻想世界で主人公の相手をする女性との官能的な体験にも連続しています。
しばしば主人公とともに幻想を体験する祖父の入江さんは、幻想世界への案内人である九鬼老人の分身のような人でありながら、政界・経済界の大御所という人物でもあります。世俗の権力者が霊的な含蓄を持つことについて、最初は違和感を覚えたのですが、そういえば神話の時代には両者が同一視されていたんだな、と思い当たって納得しました。神聖な神々が堂々と淫蕩にふけり、聖と俗が未分化だった神話時代の根源的な欲望。本作には、そんな感性が通底していたように思います。