柳生十兵衛朝鮮に渡る(いつも通り) - 荒山徹『柳生大戦争』

柳生大戦争 (講談社文庫)

 何を言ってるのかよく分からない記事タイトルですが、荒山先生的にはいつも通りの展開なのでお察しいただければ幸いです。とはいえ本作を最後にこの手のネタを封印されるそうなので、荒山先生の朝鮮柳生モノとしてはいちおうの最終作ということになるようです。残念。

 怪獣大決戦的なタイトルの印象から「朝鮮妖術によって様々な時代の様々な柳生が一堂に会し、敵味方に分かれて大戦争を繰り広げる!」みたいな展開を想像していたのですが(いやだからそういう作家なんですって)、実際読んでみるとちょっと趣が違いました。作中で書かれる戦争はおおむね李氏朝鮮と後金(清)の間のもので、その争乱に柳生一族が巻き込まれていく、というお話になっています。朝鮮王仁祖が清に降伏し、三跪九叩頭の礼をもってその臣に下る史実が描かれるのですが、実は同じ場面は荒山朝鮮柳生初期の傑作『十兵衛両断』でも描かれています。最初と最後が綺麗に繋がったという感じですね。

 柳生一族としては十兵衛の異母弟・友矩に焦点が当たってまして、そこに父・宗矩、兄・十兵衛、弟・宗冬が絡んでくるかたち。一族入り乱れての大乱闘というよりは、スケールの大きな親子喧嘩・兄弟喧嘩といったところで、そのほかに出てくる柳生は前日譚に登場するオリジナル十兵衛「柳生悪十兵衛」くらい。ていうかこの柳生悪十兵衛、ごくごく普通に登場したのでうっかり実在の人物かと思ったんですが、調べてみたら勿論そんな名前の人いませんでしたよちくしょう。いちおう史実上の人物である柳生永家を父、柳生永珍を息子に持つという説明が作中にあるんですけど、Wikipediaだと永珍は永家の(孫でなく)子だとあったり、別の資料では何代も挟まっていたりするので、まあ創作をねじ込みやすいポジションだったのかもしれません。過去の作品では「柳生卍兵衛」なるふざけた名前のオリジナル十兵衛も出てくるらしいので、いつも通りと言えばいつも通りの荒山節です。

 いつも通りと言いましたが、荒山伝奇の三本柱である朝鮮・妖術・柳生のうち、「妖術」の出番が今回わりと控えめでした(まあ最後の方ででっかいのが一発くるんですけど)。その代わりに今回はなぜか「衆道」が前面に押し出されてまして、言ってみれば朝鮮・衆道・柳生といった趣。で、今回のメイン柳生が「夭折した美青年剣士」「家光公に寵愛された小姓」等のオモシロ伝奇属性を持つ柳生友矩とくるわけですから、あとは分かるな、といった塩梅ですはい。

 ところで荒山先生、史実資料が少なく創作的性格の強い友矩を描くにあたって先人作家が彼をどのように扱ってきたかに触れ、「非情に過ぎよう、五味先生!」とか嘆いてます。でも当の荒山先生も、代表作「十兵衛両断」で友矩を思いっきり噛ませ犬的に斬り伏せてるんですよね……。まあこの辺の自分を棚に上げた難癖悪ふざけも含めて荒山先生のお約束といえばお約束。最後の朝鮮柳生本として、収まるところに収まった感のあるご本でした。