完結した物語にひび割れを入れる「アフター」として - 『ひぐらしのなく頃に礼 賽殺し編』

ひぐらしのなく頃に礼 賽殺し編 (星海社文庫)

 星海社文庫版で再読しました。後日談である本作は終始内省的な展開が続くので、動きのある派手なシーンが少ない(=BGMや効果音等のゲーム演出がなくてもさほど表現が弱まらない)点で、シリーズの中でも特に小説向きの内容と思われます。お話としても一話で完成度高くまとまってるし、個人的にお気に入りの話ということもあり、この一編だけは手元に置いておきたくて購入しました。星海社にも大田某にもあまりいい印象を持っていないので悔しいのですが、本書については良い装丁だなと認めざるを得ません。なにせともひさんのイラストがあまりに良すぎてですね。神か。

 作品自体の感想は原作読了直後に書いたものとあまり変わりありません(あれからもう7年か……とめちゃくちゃ感慨深いですが)。最初不条理な「ホラー」として始まった『ひぐらいしのなく頃に』は、物語の展開に合わせてそのテーマと語り自体を変化させていき、不条理に見えたものが実は業と因果の絡まった必然的帰結であったと分かる「悲劇」の段階を経て、最終的にはその業をぶち壊す「娯楽活劇」的なテイストで幕を閉じます。そんな、ジャンルを奔放に渡り歩く『ひぐらし』のような作品であっても、ひとつのシリーズの中で取り上げられるテーマや視点にはどうしても限りがあります(最終話が勢い重視のアクション風味だったので余計に)。そうやって取り零されてしまったテーマのひとつを、全てが終わった後で蛇足の誹りを受けることも恐れずあえて掬い上げようとした試み、それがこの「賽殺し編」なのだと思います。

 一度大団円で完結した作品を別の観点から見直すのって、けっこう危険な行為です。ひとつの作品が閉じた視点の中で「イイハナシダッタナー」という結論に落ち着いていたとしても、外から別の視点を持ち込むことで「実は割りを食った人がいた」とか「重大な問題が未解決のまま残されていた」とかの側面が暴かれて、せっかくの「イイハナシ」を台無しにしてしまいかねません。ものごとの多面的な解釈というのはそもそもそういう反駁的な性質を含むものなので、「台無し上等」というスタンスもアリだとは思いますが、既に完結した作品に公式で反駁を打ち込むというのは、一度気持ち良いクライマックスを味わった読者としてやはり冷や汗ものです。完結した「イイハナシ」をひとつの満たされた世界とみなすなら、世界の完全性を毀損する反駁なんてその内容がどうあれ余計な蛇足でしかありません。

 このあたり、本作は上手くやっていたと思います。外部からの反駁的視点を持ち込むことによって完結した幸せな世界にいったん冷や水を浴びせつつも、その視点を踏まえた上で世界をもう一度肯定し直す、扱いの難しい技をわりと手堅く成功させています。まあ要は「ループを繰り返して仲間が生き残る世界を勝ち取れたけど、その"ハッピーエンド"から漏れこぼれて不幸なまま終わった人もいるしかえって割を食った人もいる、そういう世界を選択しちゃったよね」っていうどこかで聞いたような意地の悪い話でして、作品の結論としては「何度も人生をやり直して好きな結末を選べるという認識自体が神の視点の傲慢であって、後悔を抱えつつもこの世界を生きるしかない人間ごときの身が考えることではない」という至極まっとうなところに落ち着きます。

 自身の綻びを認める視点を取り込んだ世界はもはや無謬ではありませんが、最終話の盛り上がりの中でどこか置き去りにされたわずかな「ひっかかり」のひとつを本作は確かに解消していて、結果的に作品世界の深みと広がりも増したものと見えました。竜騎士さんって長編を多少荒削りでも勢いでガリガリ書くタイプの作家さんなんですケド、たまにこういう短めの作品を書くとおそろしく均整のとれたものに仕上がったりもするんですよね。できればうみねこでもこういう「アフター」ものをやってくれたら嬉しいな、とか思ってるんですが……ファンディスク、そのうちポッと出してくれたりしませんかね、待ってます(主にヱリカ話を)。