『逃げるは恥だが役に立つ』

逃げるは恥だが役に立つ Blu-ray BOX

逃げるは恥だが役に立つ Blu-ray BOX

  • 発売日: 2017/03/29
  • メディア: Blu-ray

 見る流れになり、見ました。

 恋愛感情のない2人が経済的合理性のために事実婚契約を結ぶお話……と聞いていたので、ドライでセンセーショナルな内容を想像していたのですが、実際見てみると意外なほど誠実に作られた作品でした。作り手側にかなりしっかり「文脈」(何の?)を押さえてる方がいらっしゃるようで、家族制度や恋愛規範を根本的に相対化しているところが感じられます。ただ作品としてはそういうエッジの部分を生のままぶつけることはせず、平均的な視聴層にしっかり焦点を据え、迂遠なくらい慎重な働きかけに腐心しているように見えました。かなり突っ込んだところまで掘り下げているにも関わらず、一見すると別に説教臭い話には見えないという凄技。

契約結婚」(と作中呼ばれている)を行うことになる主人公の2人にしても、特別な思想の持ち主というわけではありません。勢いでそういうことをやる程度には突拍子もない人たちですが、ベースにある道徳観念は平均的な範疇ですし、お茶の間的にも共感・好感が得やすそうな好人物として描かれています。2人が事実婚契約に至る流れは成り行きと思いつきが不思議な結びつきをした結果で、背景思想として家族制度や恋愛規範に対する強い疑義や反感があったわけではありません(家事労働は年収304万円相当の賃金に値する、という発想がスタート地点にあって、そういうところを2人とも織り込んでたので話が早かったのはありますが)。

 2人が世間体を取り繕いながら"夫婦"生活に取り組んでいく様は、かなりストレートな"ラブコメ"タッチで描かれています。最初は恋愛関係でなかったけれど、一緒にいるうちにやがて……という典型ですね。結局は平均的なヘテロ恋愛の枠組みに収まっていく話と捉えることもできるし、意識的にそう見せてるんだろうなとも思います。ただそこよりも、2人の関係性が完全に解体された状態を最初のスタート地点とし、全ての要素を2人の判断で取捨選択しながら"夫婦"関係を再構築していくことで、社会通念的にワンセットで考えられがちな恋愛・結婚・夫婦・家事役割といった概念をいったん解きほぐしてして見せたことが重要なのでしょう。視聴者に言って聞かせるというより、視聴者も気づかないうちに別の考え方を受け入れる下地が出来上がるよう心を砕いた作品、というふうに見えました。

 たとえば第2話で、主人公がゲイである同僚への先入観を後悔するシーンがあって、趣旨としては「よくある偏見」を批判するエピソードに他ならない思うんですが、表面的にはきつい印象を受けないシーンになっていました。主人公が自発的に過ちに気づき、連鎖的に別件の行動をも顧みるという形でスムーズに本編の話に接続していく流れだったので、仮に視聴者が同じような偏見を持っていたとしても「糾弾された!」と感じにくい話運びになっているんですね*1。こういう手つきは全編通して随所に見られて、とても細やかで技巧的に構成された作品だと思います。

 ただ、単純にマイルドなのかというとそういうことは全然なくて、伝統的な価値観に対するある種意地の悪い描写は随所に散りばめられていたと思います。これも描き方が上手くて、そういう価値観を内面化してる人にとっては当たり前の光景に過ぎないので、それが皮肉と分かる人にだけ皮肉と伝わる絶妙な見せ方。「分かってる人が話を書いてる」という安心感があるので、伝統的には「いい話」扱いされそうな厳しいエピソードをお出しされても「どっち? どっちの意図で書いてるの?」と悩まなくていいのはありがたかったです(どちらにせよ厳しいのは厳しいんですが……)。

 社会的な部分以外も、そもそもドラマとしての出来がめちゃくちゃ良かったので、これが数年前の大ヒット作品というのも納得の出来でした。役者としては平匡さん役の星野源さんがとにかくすごく良くて、ずっと驚嘆してましたね。細かい視線の動きとか、予想外のことが起きた時に一瞬言葉に詰まる間とか……こういうタイプの人間のエミュレート精度がめちゃくちゃ高かった。今まで真田丸徳川秀忠役くらいでしか見かけたことありませんでしたが(あれも凡人ぽく見えてなんか異様なところがあり、印象的ではありました)、このドラマで星野さんのこと一気に好きになってしまいましたね……。

「ガンバレ人類!新春スペシャル!!」

 昨年末に本編を観た時ここまでの感想は書いてたんですが、アップする前に新春スペシャルも放送されてしまったのでこのまま続けます。

 まず冒頭、二人の子供なのに「私も子育てをサポートします」的な物言いをしていきなり地雷を踏み抜く平匡さん。え、今更? と思うような失言ですけど、そこで昔のようにフリーズして1エピソード引っ張るのではなく、「またみくりさんに言わなくていいことを言わせてしまった……」と何段階も前進した後悔が出てくるのがいいし、みくりさんもそのまま立ち去るのを堪えて向き直ってくれる。まだまだ前途多難という見せ方ではあるんですが、2人は今もこういうサイクルを回しながら前に進んでいて、しかも着実に前よりうまく回せるようになってるんだな〜〜と一瞬で分かるとてもいいシーンでした。

 そんなわけで内容としては間違いなく逃げ恥で、それが2021年の時勢に合わせて順当に更新された作品になっていたと思います。ただ、合わせるべき時勢の方が今回あまりに激しく動いてしまったので、そこを誤魔化さずストレートに追いかけた結果、いつにも増して突っ込んだものがお出しされた感がありました。というか感染症にまつわる2020年春頃の記憶って早くも薄れつつあったので、「ああ、あの頃はこうだった」と思い返す形になったところもちらほらありましたね。時事ネタは風化しやすいなんて言われがちですが、それは時勢の文脈を暗黙の背景にした表現が後世に通じないという話であって、ある歴史的期間の様相を切り取って形にした本作のような作品は後々まで残る力を持つように思います。

 その上で、ラストが感染症が収束したと思しきシーンで締められたのも良かったですね。未来の動向なん分からないし、個々人の状況によってすら「収束」と言える時期は異なるわけですが、そこを何時とでも取れるように描いたのがまず巧い。それでいて、収束後の光景自体は必ず訪れる具体的な映像としてしっかり描いてくれたわけで、人に希望を見せるってこういうことなのかなと思いました。あんまり作品の社会的意義とか効能を云々するのは趣味ではないんですが、こういう作品が名実ともに「大人気」という触れ込みで大々的に放送される現実で良かった……と思いました……。良かったですね……。

*1:あと平匡さんが単なる朴念仁ではなく人並み以上に他人を尊重する心根を持ち合わせた人だということも分かるし、短いエピソードに二重三重の意味を持たせていてすごくテクニカルですよね。序盤の好きなシーンです。