メタエグリーマ (1/2)

 左の眼球を抉られて十数分。俺はまともに動くことも出来ないでいた。何とか自分の部屋まで戻ってきたが、俺の本体とも言える眼球を失った今、活動の限界はもう間近にまで迫っている。その前に、抉リ入道が俺の眼球を抉って逃走した旨を書き残しておかねばならない。
 ペンを取ろうとしたそのとき、部屋の外から足音が聞こえた。もう家には誰もいないと思っていたのだが。木材のこすれる音を立てながら、わずかに隙間のあった部屋の扉がゆっくりと開く。電気スタンドのひとつもつけていない薄暗い空間の中、半分ほど開いた扉の隙間から蛍光灯の白色光が差し込んでくる。
「お兄さん」
 右半身を扉の陰に置いて、妹がそこに立っていた。暗くて視界がはっきりとしないが、妹はきっと悲しそうな表情をしている。声の調子でそれがわかる。
「お兄さん……かわいそう」
 暗闇に紛れてしまいそうな小さな声で、しかし俺にだけは確実に届く意志を込めて、妹はつぶやいた。だがそんな真摯な彼女に対し、俺は悲鳴のような呼気を漏らしながら軽く腰を浮かすことしか出来ない。情けない。
「そんな顔になってしまって……かわいそうなお兄さん。抉リ入道にやられてしまったのね。でも」
 妹は扉を完全に開き、全身を俺の前に現した。おぼつかない足取りで部屋の中に一歩踏み込む。その身体はまるで誰かに操られているかのように、わずかに左右に揺れている気がした。普段のしっかりした彼女の印象とは、どこか違う。
「でも、お兄さんは悲しまなくていいのよ」
 妹は右手に何かを持っていた。その形は有り体に言えばスプーンで、しかしそれを食器と表現するのはあまりにも悪趣味な冗談だ。
「何を……」
「私が代わってあげるから、お兄さんは苦しまなくていいのよ」
 妹が右手を緩慢な動きで持ち上げる。彼女の背後から差し込む光が、その禍々しい器具を照らした。妹の手で鈍く光るものが何を目的として作られたのか、それは俺たちのエグリーマの家系の者が一番よく知っている。しかしどうして妹がそれを持っているのか。それは彼女には必要ないもののはずだ。
「お兄さんに私のをあげるから、だから」
「やめろ!」
 妹がそれを自分の顔にあてがう。さぞかし痛いだろうに、彼女の手つきに一切の迷いはない。足のすくんだ俺は一歩前に出ることすら出来ない。妹の唇が薄く笑いの形を描く。
「心配しなくていいからね」
 妹の眼球が、そのまぶたの奥から転がり出す。彼女のうめき声を聞きながら、俺はゆっくりと意識を閉じた。