メタエグリーマ (2/2)

 空っぽになってしまったお兄さんの左の眼窩に、私の眼球をはめる。それはとても素敵な発想のように思えた。だから私は一族に伝わる秘技で自分の眼球を取り出し、お兄さんの窪んだ眼窩にそっとはめ込んだ。これからの一生を、お兄さんは私の眼球をはめて生きていく。お兄さんは私の目を通してものを見て、そして世界を知っていくのだ。私にとってもお兄さんにとっても、それはきっと幸せな生活になるに違いない。そのときはそう思った。
 けれど、実際はそうはならなかった。お兄さんの左目にはめた私の眼球は時間が経つとどんどん縮んでいき、しまいには腐ってなくなってしまった。私の眼球ではだめだったのだ。次に私は自分の右の眼球でも試してみようと考えたけれど、さすがにそれは何とか思いとどまった。左の眼窩に右の眼球をはめるというのは、あまりにも滑稽な話だ。お兄さんの眼窩の中で私の眼が腐っていくのを眺めていたとき、私がいくら動転していたとしても、そこまで愚かな真似をしたりはしない。私はすっかり途方に暮れて、鍛え抜かれた自分の指先を見つめた。そういえば、どうして私は自分の指を鍛えたりしたのだろう? 思い出せない。
 仕方がないので、私は外に出て別の眼球を捜すことにした。あれからお兄さんは眠ったままで、いつまでたっても目を覚まそうとしない。きっと左目が空っぽだからだ。なんとかしてお兄さんに目を覚ましてもらわないと、こうして二人で暮らしている意味がない。幸い、私たち一族の正体を知っている者はそういないはずだ。裏切り者の抉リ入道はお兄さんがその左目と引き換えにしてとっくに始末してしまったから、一族の口から私のことが洩れる気遣いはない。私は自分の正体がばれないように細心の注意を払いながら、夜の街を歩く人々の眼球を抉っていった。呪わしい技術だと小さい頃からずっと思っていたけれど、それが唯一お兄さんを救うことのできる方法なのだと考えると、むしろ自分があの家に生まれたことを感謝したいくらいだった。もちろん、この家系に生まれさえしなければ、お兄さんがこんなひどい目に遭うこともなかったのだけれど。
 よく観察してみると眼球にも様々な形や色や大きさがあって、そんな中からお兄さんの左目にぴたりと合う眼球を探し出すのは至難の業のように思えた。これまで小さな子供から寿命を間近にした老人まで、男女も種族も関係なしに幾つもの眼球を試してみたけれど、どれひとつとしてお兄さんの眼窩に馴染むものは見つからなかった。最近は眼球抉り魔が出るという噂がそこら中に知れ渡ってしまって、安全に眼球を捜すのにもずいぶんと遠出しないといけなくなった。それになぜだか、自分のエグリーマとしての腕が以前より鈍ってしまった気がする。なぜだろう、昔はもっと鮮やかに眼球を取り出すことが出来たのに、今ではときどき眼球に傷をつけてしまうことすらある。今使っているスプーンの相性が悪いのだろうか? 私が片目になってしまったから? もっと根本的な問題がある気がする。でも、ここで諦めるわけにはいかない。せっかくもう少しで、お兄さんと二人の幸せな暮らしができるというところまで来れたのだ。きっと私がお兄さんの新しい目を見つけてあげるからね、眠り続けるお兄さんにそう囁いて、今日も私は眼球を抉りに街へ出た。