『夏と冬の奏鳴曲』麻耶雄嵩

夏と冬の奏鳴曲(ソナタ) (講談社文庫)
夏と冬のソナタ。つまり冬ソナ。なんだか桐璃さんのラストの方のアレがタイムリーな……いえもとい。各所で読みにくい読みにくいという評判を聞いていたので構えていたんですけど、意外と読みやすかったです。700ページと長い作品ですけど、わりと一気読みできました。
主人公の烏有さんはすばらしくへたれですね。へたれーへたれー。本書を青春小説と言えるのかどうかは分かりませんけど、少なくともこの人は『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』の主人公並みのへたれさんだと思います。『翼ある闇』はいわゆる「人間が書けていない」とう文句で評価されるような作品でしたけど、あえてそう言われるような人物造型にしだけだったということがよく分かります。烏有さんのへたれさん加減はミステリー部分の謎を演出するのに一役買ってますし、逆にミステリー部分が烏有さんの不安を過剰に煽り立ててもいて、両者はこの作品における不可分な二軸になっています。ラストあたりの展開にしても、これはミステリー的な構造と烏有さんの葛藤がとてもいい形でブレンドされた結果であって、どちらが欠けていてもあれほどの衝撃は味わえなかったことでしょう。
ところでヒロインの桐璃さんがやたらめったらかわいいですね。他の人の作品のヒロインと比べてみるとむしろ色気のない方だと思うんですけど、読んでる間はそんなこと気にならないくらい魅力的に思えてしまいます。この作品は基本的にどこを見ても硬質な世界です。そんな中、桐璃さんの言動だけは一人だけずいぶんと柔らかく描かれているので、そこが穴になっているのかもしれませんね。主人公のことは「うゆーさん」呼ばわりですし、いきなり「にゃはは」とか言い出しますし。