「遺された紀憶」

 ゆらぎの神話BBSで30レスに渡って連載された小説作品。非常に言いにくいことを最初に言っておくと、なんか私が登場してて吹き出しました。へんな語尾を付けて喋るボクっ子になってます。フリーシェアワールドの恐ろしさだと思いました。

 ファンタジーと区別の付かないSFだったり、ときどき喜劇っぽくなったり活劇っぽかったりする部分もあるんですけど、作品全体のテーマを考えるとやはり「恋愛小説」と呼ぶのが正解でしょう。遥か昔に造られた"ロボットのような何か"である主人公と、人間たちから隠れて生きる孤独な魔女、これはその二人の愛を描いたお話に違いありません。

 まるで廃棄されるようにして森の中に打ち捨てられた主人公の独白から、物語は始まります。メカの客観性と少年の繊細さが混じり合ったような文体は少し独特で、常に主人公の心境を淡々と伝え続けます。

 中盤以降は、魔女の姉妹たちが住まう塔の中に物語の舞台が移ります。この塔は、たとえば『ポーの一族』の隠れ里みたいなものだと言えば分かる人には分かるかもしれません。ただし塔の魔女たちは、いずれも神話世界で名の知られた人ばかりです。その彼女たちが実際に生き生きと生活している姿を目にすることができるのが、この作品の醍醐味のひとつになります。

 章が進むにつれて、お話はサスペンス的な色を帯びてきます。謎の差出人からの警告。魔女の秘密。未来に立ち込める黒い影。二転し三転する展開は、なかなか予想がしがたいです。最後の方に出てきた某キャラクターのあまりの空気読まないっぷりでそこまでの雰囲気がアレされてしまったのが残念なんですけど、最後の締め方は「時空を超えた愛の物語」と言わんばかりの綺麗な着地を決めています。

 スレッドで小説を読んだことのある人はあまりいないと思うので、慣れないとちょっと読みにくいかもしれません。けれど一回一回の投稿が適度に短く、その間がリーダビリティのためのいいアクセントになってもいます。後半は一レスでもかなりの文字量になってくるんですけれど、その頃には読む側も気持ちがノってくると思うのであまり苦にはならないでしょう。神話を知ってる人はもちろん、神話が初めてな人にもお薦めしておきたい作品です。