『陰陽師は式神を使わない 陰陽道馬神流初伝・入門篇』

陰陽師は式神を使わない (集英社スーパーダッシュ文庫)

学研の学習漫画とか「ドラえもんのしょうすう」みたいなノリで陰陽道について勉強できる薀蓄本。

「そぉなのかぁ」と胡桃沢さんはひどく感心した風に。「呪術は迷信だ嘘だオカルトだって、頭から決めつけちゃってる現代のあたしたちの常識的理解が間違ってるのね」

どうですかこのヒロインのもの分かりの良さ。進研ゼミの勧誘漫画、もしくは高田崇史さんの『QED』並みです。本書は全編がこの調子で物語なし、繋ぎのシーン以外は薀蓄オンリー、それなのにちゃんと読ませてしまうのは凄いです。とりあえず久しぶりに占いやりたくなってきました。

内容は、現在一般に広まっているような「陰陽道」についての誤解を正し、西洋思想とはまったく異なる「占い」について解説していくというもの。東洋における占いは一種「マーフィーの法則」とか「あなたにも出来る自己啓発!」みたいな経験則を集積してシステム化したものであって、神様の言葉が天から降ってくるような超常現象じみたものではない、みたいなことが説かれています。

また実際にサイコロを使って八卦を行うシーンにも大きく頁が割かれていて、その気になれば本書一冊を教本として初歩的な卜を実践できてしまうくらい。説明されてみると八卦×八卦=六十四卦の配置はたしかに非常にシステマティックに構成されていて、それが経験則であることと合わせて考えれば、どうやら根も葉もないオカルトでもなさそうだという気がしてきます。

興味がない人には地雷もいいところですけど、こういうのが好きな人にとっては堪らないものがあると思います。説明も概ね分かりやすく、ありがたいことに図解までついてます。イラストじゃないです、図解です。小説のくせに(126頁1図)とか地の文に出てくるわけです。

ただし、気になるところも幾つかあります。いくら理屈の中で完成されたシステムであっても、その理屈自体が現実に即していない可能性はあります。たとえば、「1+1=3」と定義しているシステムがあったとすれば、そのシステムの中では「1+1=3」という式は誤りではありませんけれど、それを現実に適応することはできないわけです。それなのに、どうもこの主人公はそのシステムを盲信しすぎているきらいがあるのです。

もっと気になるのは、主人公、というかその裏にいる作者の姿勢です。無知が悪であるという「天地否」の思想を説くのは別にいいんですけれど、「大衆は無知だ」「自分は無知ではない」を前提として大衆を蔑むというのは、何だか違うような気がするのです。あとがきの

ホントいいよなあ、アリモノ引き写しで商売になってるシアワセな人たちは。こんな苦労、ゼンゼン要らないんだから。

とか。これ、同業者に対する批判です。陰陽道についてはあれだけ立派な思想を説いていながら、どうしてこんな短絡的な言葉が出てきてしまうのか本当に不思議。なんだか凄くもにゃもにゃしてしまいました。