『失はれる物語』の続き

一昨日の続きー。

ところでこの短編集、信号無視の車に突っ込まれるというパターンが妙に多いです。自分に一切の非がなくても、そんなこと関係なく致命的な不幸は振ってきてしまうのだ……みたいな感じなのでしょうか。

「傷」

他人の傷を肩代わりできる優しい少年、アサトくんにまつわる物語。決して「癒す」のではなく「代わりになる」ことしかできず、必ず誰かが損を引き受けなければならないという原則がこのお話の上手さです。

手を握る泥棒の物語

「あんた、この名前も知らないようじゃだめだわよ」
「そうですか」
「そうよ。そんなだから女の子にももてないし、仕事も失敗するし、服装もださいのよ」

ぶわっ。

「しあわせは子猫のかたち」

日陰者小説の金字塔にして、乙一さん初期の傑作。一生を日の当たらぬ場所で暮らそうとしている人々の全てへ向けた、温かい救いの物語。これはもう、名作として語り継がれてもいいレベルの作品ですね。デビューして数年足らずでこんなものを書けてしまうんですから、そりゃ「天才」とか呼ばれても仕方ないですよ。

「ボクの賢いパンツ君」

角川書店ネガティブキャンペーン」の商品として作られた「乙一オリジナルデザイントランクス」の表面に印刷された作品。頭おかしい。最後の一文が凄いですねえ。

「マリアの指」

遺書を残して電車に轢かれたマリアさんの死の真相を探るという、日陰者の流れを汲むミステリー作品。収録されている他の作品と比べると、少しダークな要素が強いです。乙一さんお得意の叙述トリックをあえて排したこの作品では、彼のもうひとつのミステリー的特徴、伏線を張る技術の巧みさが光っています。

伏線というのはさりげなければさりげないほどいいというのではなくて、ある程度読者の印象に残る描写をしておかなければ、忘れられたり読み飛ばされたりしてしまいます。もちろん、変に凝った描写して「ああ、これが伏線か」と見破られてしまうのも良くないです。

乙一さんはその辺りの力加減が本当に上手です。読んでいて僅かに違和感を抱くけれども、まさか伏線だとまでは気付かないという絶妙なバランスをよく心得ていて、だからこそ読者はちょっとした仕掛けであっても「ああ、あれはこのことだったのか」と快く驚くことが出来るのです。

「ウソカノ」

脳内彼女とかクランテルトハランスとか呼ばれる例のアレを題材とした短い作品。軽い調子で進んでいくテンポの良い作品ですけれど、乙一さんのエッセンスが余さず濃縮されていると思います。それにしても、どうしてこの題材でこんなにも爽やかなお話がかけてしまうのやら……。あんドーナツ。