『ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』

ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ (講談社文庫)

うっひゃあ面白い面白い。「私はこういうミステリーが好きなんだなあ」っていうミステリーが読めました。いわゆる館もの、六人の《あかずの扉》研究会メンバーが謎に挑むというキャラクター嗜好に片足を突っ込んでる作品ですけど、本格方面からの受けもそれなりに良い? ようです。

どうにもぎこちない描写、記号的なキャラクター化を図ろうとして失敗してる感じの人物造型、大学のサークルにありがちなヌルい雰囲気ー、と、序盤の内はこれといったところが見当たりません。リーダビリティ自体は低くないですし、この時点ではそういったヌル目の雰囲気を楽しむシリーズなのかと思っていました。

ところが実際に事件が起こったあたりから、お話は断然面白くなりました。それまで冴えない感じだった二人の探偵役*1が、急にものすごい「名探偵」ぶりを発揮しはじめます。単に具体的なエピソードを並べるだけではなく、彼らの凄さがちゃんと伝わってくるような"描写"がなされているのです。絶妙のコンビネーションと的確な手腕で事態を整理していく探偵たちを見ていて、この二人は本当に頭がいいんだろうなあと思えました。

いまだに序盤のヌルい雰囲気が頭の中に残っていたからなのでしょうか、ミステリーで殺人事件が起こるのは当たり前のことなのに、最初の殺人が発生したときは本当に驚きました。はじめて長編ミステリー作品を読んだときのような、興奮と言っていいあの感覚。『十角館の殺人』でも『匣の中の失楽』でも、『闇の中の翼』『翼ある闇』ですら殺人事件なんてジャンル内の予定調和として軽く流せたのに、どうして今回はこんなにびっくりしてしまったのか自分でもよく分かりません。

これまで何冊か読んだ本格作品と違って、推理の過程にもにょることもありませんでした。ロジックがかっちりしてるわけではなくて、むしろ状況証拠による推測の方が目立つんですけれど、それが"推測でしかない"ことに探偵がわりと自覚的なように見えたのが好印象。信頼度90%の仮説を「間違いのない事実」と断定する人よりも、信頼度70%の仮説を「僕の想像だけど」とちゃんと断る人の方が逆に信用できるという理屈なのかもしれません。

終盤は、感覚的に納得のできるミスリードの種明かしを何度も見せ付けられて、その度に唸り声をあげてしまいました。高度なロジックの積み重ねを要するトリックなら自分の演算能力の低さを理由に諦めもつきますけれど、ちょっとした注意で気付けたはずの引っ掛かりを「ほらほら、ここにちゃんと書いてあるでしょー」と指摘されたら、これは悔いても悔いきれません。くやしー。

登場人物については、序盤では"記号的に書き分けた"感がありありと出ていてどうしたものかと思いましたけど、中盤以降になると記号的な言動の隙間から零れ出る素の身体性が覗き見られるようになりました。最終的には、特に記号的な要素を割り振られなかった地味で生真面目な後動さんがいちばん魅力的な人物に見えたくらいです。なかなか掘り出し物な作品でした。

*1:二人いるんです。