友桐夏『白い花の舞い散る時間』はどこが狂っていたのか

白い花の舞い散る時間 (コバルト文庫)


※作者名でGoogle検索したらなんか最上位に来てて驚きました。かなりネタバレ全開なので、こんなに目立ってしまうのは凄くよくないことだと思いますが、Google先生のやることなのでどうにもなりません。未読の方はくれぐれもお気をつけください。(2007/4/10追記)


コバルトの新人がとんでもないものを書いてしまったということで、一部の読書サイトでは結構な騒ぎ*1になったこの作品。物語全体を狂わせる異常な試みの上に成り立った本書に言及しようとする人は、それがネタばれにならないよう随分と苦労していたように思います。"何を書いてもネタばれになってしまう"という言い方がしばしばされますけど、本書はまさにその典型のような作品でした。
面白さがそのままネタばれに繋がるという性質上、本書の異常さを直接的に説明している感想は有名どころでは見つけることができませんでした。そのため、噂を聞きつけて本書に手を伸ばした人の中には、「なぜこの程度のミステリーがあんなに話題になっているのか?」という感想を持った方も大勢いたように見受けます。けれど、実は本書は、ミステリー小説そのものとして異常だったわけではありません。本書をただのミステリーとして見るなら、"何を書いてもネタばれになってしまう"という感想はおそらく出てこないでしょう。そうではなくて、副題の「リリカル・ミステリー」という文句、これこそが本書が衝撃を持って迎えられた理由なのです。

というのは私自身の個人的な印象であって、他の人と意見を確認し合うようなことはしていません。けれど、この本に驚いた人の感想とは、きっとかする所があると思います*2。本書をどう紹介するか頭を悩ませてきた人のことを思うと無粋かもしれませんが、以下の文章では思い切ってネタばれに関する配慮を完全に放棄することにします。未読の方はくれぐれもご注意ください。





というわけで以下ネタばれ





で、私がこの本を読み終えたときの第一印象は「麻耶雄嵩」でした。それは別にトリックがどうとか、暗黒青春っぽい雰囲気が似ているとかの単純な符号を言っているわけではありません。ラストシーンにおいてそれまで見てきた物語の根本的な前提や基盤が崩壊してしまう、その構造に対して感じた類似です。
このお話は「少女小説*3として始まります。タイトル、文体、挿絵とどれをとっても「リリカル・ミステリー」という副題に相応しい、まさに女の子だけの世界がミステリアスに語られていきます。途中から、どうにも胡散臭い宗教話が背景に浮かび上がってきますけど、当の彼女たち自身はそういったものを一歩退いた冷静な視点から眺めていて、お話の雰囲気自体に大きな変化はありません。
このような繊細な世界のままお話の八割が進行したところで、物語は遂に最終章に入ります。ここで突然、主人公であった深月さんが豹変し(というか化けの皮をはがし)、力への意志を剥き出しにした思考・言動を開始します。ミステリー的に言えば、探偵や助手自身が真の犯人だった、という一種の叙述トリックなのでしょう。けれどそういう視点で見るなら、この作品は取り立てて異常というわけではありません。主人公=犯人というのは少しメタなミステリーであれば定番といってもいい構図なので、とりわけ驚くほどのことではないでしょう。
問題は、深月さんが豹変した瞬間から、この作品が「リリカル・ミステリー」ではなくなってしまうことです。主人公が言葉巧みに周囲の女の子を操ったり、今後の教団内での政治闘争をどう進めていくかの算段を始めたり、あまつさえ"あの子を亡き者にするのもおもしろそうだ"みたいなことを言い出したり。雰囲気ぶち壊しなんてレベルではありません。こんな新堂冬樹*4さんみたいな世界の一体どこに「リリカル」と表現する余地があるのでしょうか? けれど最終章が始まった瞬間までは、この作品は確かに「リリカル・ミステリー」だったはずなのです。
つまり本書の衝撃は、『マリア様がみてる*5を読んでいたら途中から山田風太郎さんの『くノ一忍法帖』になっていた、という種の驚きなのです。ほとんどギャグすれすれです。あるいはそれこそ「ミステリーだと思ったらホラーだった」というようなジャンルの倒錯と言ってもいいでしょう。(そういう意味では地雷扱いをされても仕方ないかもしれません) しかも、豹変以後も文体などに変化はありませんし、最後はわりと綺麗な形にまとまっていて、表面的には「リリカル・ミステリー」の体裁を取り繕っています。おかげでその全貌はますますイビツなものになってしまい、結果としては何だかよく分からない異常な作品が出来上がってしまいました。
レーベルはコバルト文庫、オビの文字は「ロマン大賞受賞作」、しかもサブタイトルが「リリカル・ミステリー」でフタを開けるとこれなのです。作者本人なのか編集の人なのかは知りませんけど、この本に「リリカル・ミステリー」という副題をつけた方はきっと確信犯だったのでしょう。本当にいい仕事だったと思います。

*1:このあたりの経緯については安眠練炭さんが総まとめ的なことを書かれています。 http://d.hatena.ne.jp/trivial/20050914/1126709356

*2:ぜんぜん見当違いだったら笑ってやってください。

*3:コバルト文庫はこれしか読んでないけど多分。

*4:読んだことないけど多分そんな感じじゃないかなーと。

*5:読んだことないけど……。